イザヤ41:29 見よ、彼らはすべて無に等しく、業もむなしい。彼らの鋳た像はすべて、風のようにうつろだ。
イザヤ書41章では、真の主なる神様を礼拝する者たちへの慰めの約束と同時に、偶像を礼拝し、偽りの預言を語る者たちへの戒めが語られていると言えるでしょう。
イザヤ40章以降、新たな時の始まり、救いの到来の約束が告げられていると言うのに、民は相変わらず古いしきたりや偶像により頼み、空しい生き方から解放されないまま歩んでいるのです。
しかし、神の救いの時の到来を受け入れた者たちは、目の前にある世界が、どんなに今までと変わらないように見えても、確かに新しい時の始まりを感じ取り、その新しい時代の、新しい約束に信頼して、大きな喜びの中で歩み始めていたのです。
イザヤ41:8 わたしの僕イスラエルよ。わたしの選んだヤコブよ。わたしの愛する友アブラハムの末よ。
41:9 わたしはあなたを固くとらえ地の果て、その隅々から呼び出して言った。あなたはわたしの僕わたしはあなたを選び、決して見捨てない。
41:10 恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助けわたしの救いの右の手であなたを支える。
41:11 見よ、あなたに対して怒りを燃やす者は皆恥を受け、辱められ争う者は滅ぼされ、無に等しくなる。
41:12 争いを仕掛ける者は捜しても見いだせず戦いを挑む者は無に帰し、むなしくなる。
41:13 わたしは主、あなたの神。あなたの右の手を固く取って言う、恐れるな、わたしはあなたを助ける、と。
主なる神様は「恐れるな、私はあなたと共にいる。」と語りかけて下さいます。
確かに、今、私たちが生きている時代にも、多くの恐れや不安もある事は事実です。しかし、私たちには、生ける真の主である神様が、私たちと常に共にいて下さり、必ずや、救いへと導いて下さるのです。
いえ、既に、救いは完了しているものです。
ヨハネ19:30 イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。
イエス・キリストの十字架の故に、私たちの救いは、もはや、完了した現実であり、この救いを受けた者として、主の御言葉の約束に信頼し、主の新しい時代を生きる者として、喜びつつ歩ませていただきたいものです。
2コリント5:17 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。