マタイ20章20~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ20:25 そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。
20:26 しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、
20:27 いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。
20:28 人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」

謙遜に生きるということ。
これは、私たち人間が生きていく上で、最も難しい事柄の一つなのかもしれません。
生きて行こうと思えば、様々な欲求に心を煩わせていくことになりますし、他者よりも上に立ちたいと思うのも、ごく自然なことです。
しかし、イエス様は「いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい」と仰せられ、イエス様ご自身が、仕えられるためではなく、ご自分の命を十字架に犠牲に捧げられたように、仕えるために生きよとお語りになられるのです。
イエス様の十字架の犠牲は、私たちを赦し、生かすための、罪の赦しを成し遂げるための、いけにえの犠牲であり、言わば、身代わりとなって死なれるためだけの奴隷のごとく、私たちのために仕えて下さった証しです。
私たちの主であり、神であられるお方が、このように仕えて下さったという事実に目を留め、私たち自身、思いあがって、人や神を見下して歩むことのないように、「赦された者」として、ただただ、謙遜に歩ませて頂きたいと願うものです。

1テモテ1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。