箴言6:6 なまけ者よ。蟻のところへ行き、そのやり方を見て、知恵を得よ。
6:7 蟻には首領もつかさも支配者もいないが、
6:8 夏のうちに食物を確保し、刈り入れ時に食糧を集める。
6:9 なまけ者よ。いつまで寝ているのか。いつ目をさまして起きるのか。
6:10 しばらく眠り、しばらくまどろみ、しばらく手をこまねいて、また休む。
6:11 だから、あなたの貧しさは浮浪者のように、あなたの乏しさは横着者のようにやって来る。
この箇所を読むたびに、蟻とキリギリスのお話しを思い出します。
夏の間せっせと働いた蟻は、冬、餌がなくなっても、食料を蓄えておいたおかげで、苦しまなくてもすみました。
このお話しは、一見すると、しっかり働いて、きちんと蓄えをしておくべきであるという風に捉えることもできますが、それよりも、働くことの大切さを教える教訓として語られているのだろうと思うのです。
というのも、蓄えること自体は悪くはないけれども、蓄えること自体が目的となってしまうと、それは、単なる強欲となってしまい、欲に心を奪われてしまうことになりかねないからです。
ルカ12:15 そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」
12:16 それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。
12:17 そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』
12:18 そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。
12:19 そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』
12:20 しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
12:21 自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」
大切なことは、蓄えることではなく、働くことであり、主にあって与えられた命を感謝して、喜びつつ生きていくことではないかと思います。
何のために生まれ、何のために生きているのか。
大事な大事な命の管理を、主から任された者として、この私の命を用いていきたいものです。