イザヤ4章1~6節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ3章の箇所で、イスラエルの民が、まるで色目を使って歩いている乙女たちのように、虚栄に満ちて歩んで来たために、主がそれらの虚飾を全て取り除き、彼らの目を覚まさせようとしたことが記されています。
そして、4章では、すべての虚飾を取り除かれ、虚栄に満ちた歩みを続けてきたイスラエルの民が、自分たちの歩みを悔い改め、真に信頼すべき方へ頼るようになったとき、はじめてそこに神の栄光が現される様子が記されています。

現代の、一見、繁栄に満ちたように見える世界も、多くの虚栄と虚飾に満ちた世界であると言えるのではないでしょうか。何の役にも立たない物に、莫大な金額を費やして、贅沢を極め、人の心を誘惑し、ある者は、借金をしてまで、贅沢な暮らしを維持しようとしている。日本の国全体も、そういう危機的な状況にあるということは、誰もが薄々感じていることではないかと思うのです。
しかし、人は、それらを失った時、はじめて、それらのことが欺瞞に満ちた罪の現実であったことを知ることでしょう。

イザヤ4:1 その日、七人の女がひとりの男にすがりついて言う。「私たちは自分たちのパンを食べ、自分たちの着物を着ます。私たちをあなたの名で呼ばれるようにし、私たちへのそしりを除いてください。」
4:2 その日、主の若枝は、麗しく、栄光に輝き、地の実は、イスラエルののがれた者の威光と飾りになる。

何が本当に大切であり、必要なものであるのか、よくよく吟味し、本当に大切なものを見失わないように生きていきたいものです。
なぜなら、人の命は、モノによって豊かにされるのではなく、生きて働く主なる神様の恵みの約束によるものだからです。

ヘブル13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」