エレミヤ1:4 次のような主のことばが私にあった。
1:5 「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。」
1:6 そこで、私は言った。「ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、どう語っていいかわかりません。」
1:7 すると、主は私に仰せられた。「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。
1:8 彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。・・主の御告げ。・・」
私が洗礼を受けた時の教会の牧師先生は、70歳前の、白髪交じりの優しいお顔をされた、いかにも「牧師」という感じの先生だった。
今はもう天に召されましたが、時々、その先生のお優しいお声やお顔を思い出す。
あれから15年。
今、自分もその先生と同じ仕事をするようになって言われる事は「お若い先生ですね」。
いつだったか、教会の長老の方と一緒に歩いていたら、隣の長老さんの方に「教会の牧師先生ですか」と声をかけられたこともあったし、やはり、それらしい風貌というのもあるみたい。
確かに、70歳くらいのほうが「牧師」っぽく見えると思う。
でも、牧師は、人生経験が豊富だからという理由でなれるものでもない。
大切なのは、神様がせよと命じられることをし、神様の恵みの御言葉を語ることが仕事だと思うから。
そこでふと思う。
今日も1日、牧師である前に、一罪人であり、赦された幸いな一人の人であろうと。
そして、その上で、神様から聞いた恵みの御言葉を語らせて頂こうと。
今日1日、神様が与えて下さった人生に感謝し、主のために過ごせますように。