ネヘミヤ2章1~10節、詩篇19篇、ローマ12章1~8節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ネヘミヤ 2:1 アルタクセルクセス王の第二十年、ニサンの月のことであった。王はぶどう酒を前にし、わたしがぶどう酒を取って、王に差し上げていた。わたしは王の前で暗い表情をすることはなかったが、
2:2 王はわたしに尋ねた。「暗い表情をしているが、どうかしたのか。病気ではあるまい。何か心に悩みがあるにちがいない。」わたしは非常に恐縮して、
2:3 王に答えた。「王がとこしえに生き長らえられますように。わたしがどうして暗い表情をせずにおれましょう。先祖の墓のある町が荒廃し、城門は火で焼かれたままなのです。」
2:4 すると王は、「何を望んでいるのか」と言った。わたしは天にいます神に祈って、
2:5 王に答えた。「もしも僕がお心に適い、王にお差し支えがなければ、わたしをユダに、先祖の墓のある町にお遣わしください。町を再建したいのでございます。」
2:6 王は傍らに座っている王妃と共に、「旅にはどれほどの時を要するのか。いつ帰れるのか」と尋ねた。わたしの派遣について王が好意的であったので、どれほどの期間が必要なのかを説明し、
2:7 更に、わたしは王に言った。「もしもお心に適いますなら、わたしがユダに行き着くまで、わたしを通過させるようにと、ユーフラテス西方の長官たちにあてた書状をいただきとうございます。
2:8 また、神殿のある都の城門に梁を置くために、町を取り巻く城壁のためとわたしが入る家のために木材をわたしに与えるように、と王の森林管理者アサフにあてた書状もいただきとうございます。」神の御手がわたしを守ってくださったので、王はわたしの願いをかなえてくれた。
2:9 こうして、わたしはユーフラテス西方の長官のもとに到着する度に、王の書状を差し出すことができた。王はまた将校と騎兵をわたしと共に派遣してくれた。
2:10 ホロニ人サンバラトとアンモン人の僕トビヤは、イスラエルの人々のためになることをしようとする人が遣わされて来たと聞いて、非常に機嫌を損ねた。

詩篇 19:1  指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
19:2 天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。
19:3 昼は昼に語り伝え 夜は夜に知識を送る。
19:4 話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても
19:5 その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。そこに、神は太陽の幕屋を設けられた。
19:6 太陽は、花婿が天蓋から出るように 勇士が喜び勇んで道を走るように
19:7 天の果てを出で立ち 天の果てを目指して行く。その熱から隠れうるものはない。
19:8 主の律法は完全で、魂を生き返らせ 主の定めは真実で、無知な人に知恵を与える。
19:9 主の命令はまっすぐで、心に喜びを与え 主の戒めは清らかで、目に光を与える。
19:10 主への畏れは清く、いつまでも続き 主の裁きはまことで、ことごとく正しい。
19:11 金にまさり、多くの純金にまさって望ましく 蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い。
19:12 あなたの僕はそれらのことを熟慮し それらを守って大きな報いを受けます。
19:13 知らずに犯した過ち、隠れた罪から どうかわたしを清めてください。
19:14 あなたの僕を驕りから引き離し 支配されないようにしてください。そうすれば、重い背きの罪から清められ わたしは完全になるでしょう。
19:15 どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない 心の思いが御前に置かれますように。主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。

ローマ 12:1 こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。
12:2 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。
12:3 わたしに与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います。自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。
12:4 というのは、わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、
12:5 わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。
12:6 わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、
12:7 奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。また、教える人は教えに、
12:8 勧める人は勧めに精を出しなさい。施しをする人は惜しまず施し、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は快く行いなさい。


現在世間をにぎわせているニュースは、これまでなら何事もなかったかのように隠蔽され、お金が動くことでもみ消されていたことだったのだろう。
しかし、時代が変わり、金も権力も弱まったことで、これまで隠されていた事が明るみになるようになってきている。
この世の仕組みにほころびが見られているということであろう。
しかし、この世のことはいつか必ず終わりの時を迎える。
何も驚くことでもなく、起こるべくして起きていることなのだろう。
世間をにぎわすニュースだけでなく、我々一人一人の日常の生活における様々なことも同様であろう。
隠そうとしていたことや、これまではなんとなく許されていたように思っていたことも、全て明るみに出される時が来る。
その時になって後悔するくらいなら、最初から誠実に歩んでいった方が良い。
「かっこつけて」生き、その裁きを先延ばしにしているだけの偽りの人生は、もうそろそろ終わりにしたい。
自分の意見を主張し、誰かと議論をするのも結構だが、本当にそのような言葉や態度をイエス様がおられる目の前で言えるだろうか。
イエス様はいつも私たちと共におられると口では言っていても、その心や態度はまるで遠く離れているのなら、ただの偽善者でしかない。
イエス様はいつも共におられる。
そのことを忘れずに、思いも言葉も行いも、イエス様に見られても、聞かれてもいいような生き方を歩んで行きたい。