オバデヤ10~16節、詩篇26篇、黙示録8章1~5節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

オバデヤ 1:10 兄弟ヤコブに不法を行ったので お前は恥に覆われ、とこしえに滅ぼされる。
1:11 お前が離れて立っていたあの日 異国の者がエルサレムの財宝を奪い 他国の者がその門に入り エルサレムをくじ引きにして取ったあの日に お前も彼らの一人のようであった。
1:12 兄弟が不幸に見舞われる日に お前は眺めていてはならない。ユダの人々の滅びの日に お前は喜んではならない。その悩みの日に 大きな口をきいてはならない。
1:13 その災いの日に わが民の門に入ってはならない。その災いの日に 苦しみを眺めていてはならない。その災いの日に 彼らの財宝に手を伸ばしてはならない。
1:14 逃げて行く者を殺すために 別れ道で待ち伏せしてはならない。その悩みの日に 生き残った者を引き渡してはならない。
1:15 主の日は、すべての国に近づいている。お前がしたように、お前にもされる。お前の業は、お前の頭上に返る。
1:16 お前たちが、わたしの聖なる山で飲んだように すべての国の民も飲み続ける。彼らは飲み、また呑み尽くす。彼らは存在しなかった者のようになる。

詩篇 26:1  ダビデの詩。 主よ、あなたの裁きを望みます。わたしは完全な道を歩いてきました。主に信頼して、よろめいたことはありません。
26:2 主よ、わたしを調べ、試み はらわたと心を火をもって試してください。
26:3 あなたの慈しみはわたしの目の前にあり あなたのまことに従って歩き続けています。
26:4 偽る者と共に座らず 欺く者の仲間に入らず
26:5 悪事を謀る者の集いを憎み 主に逆らう者と共に座ることをしません。
26:6 主よ、わたしは手を洗って潔白を示し あなたの祭壇を廻り
26:7 感謝の歌声を響かせ 驚くべき御業をことごとく語り伝えます。
26:8 主よ、あなたのいます家 あなたの栄光の宿るところをわたしは慕います。
26:9 わたしの魂を罪ある者の魂と共に わたしの命を流血を犯す者の命と共に 取り上げないでください。
26:10 彼らの手は汚れた行いに馴れ その右の手には奪った物が満ちています。
26:11 わたしは完全な道を歩きます。わたしを憐れみ、贖ってください。
26:12 わたしの足はまっすぐな道に立っています。聖歌隊と共にわたしは主をたたえます。

黙示録 8:1 小羊が第七の封印を開いたとき、天は半時間ほど沈黙に包まれた。
8:2 そして、わたしは七人の天使が神の御前に立っているのを見た。彼らには七つのラッパが与えられた。
8:3 また、別の天使が来て、手に金の香炉を持って祭壇のそばに立つと、この天使に多くの香が渡された。すべての聖なる者たちの祈りに添えて、玉座の前にある金の祭壇に献げるためである。
8:4 香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。
8:5 それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、雷、さまざまな音、稲妻、地震が起こった。



私たちが生きているこの世界では、実に様々なことが起きる。
平和で幸いなこともあるが、災いや不幸なこと、戦争や争いなども多い。
目に見える世界で起きている事の裏で、神さまの御手による御業も進められているのであろう。
どれとどれが神の御業で、その出来事に、どんな神様のご意思やご計画が示されているのは、人間には簡単には見極める事は困難であろう。
それでも、ぼんやりと眺めているだけではだめなのだろう。
この世界で起きていることから、何を学び、何を受け取るべきなのか、考えることが大事なのだろう。
ただ、人間は神ではないし、神様のなさることの全てを把握できるわけでもないから、起きている事柄の明確な意味は分からない。
あるいは、聖書に記されている事柄と直接的に結び付けて解釈を試みることも、不完全な人間にはできないし、する必要もない。
神は正しい裁きを行われる、しかし、その裁きは救いを伴った幸いなものであり、主イエスキリストの十字架の贖いと復活により完成され、信じる者は救われる、ということを覚えておけばよい。
少なくとも、災いをもたらす戦争などに加担しないこと、一日でも早くこうした悲惨なことが終わるよう、祈り求めていきたいものである。