エレミヤ10章17~25節、詩篇23篇、使徒17章16~31節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 10:17 包囲されて座っている女よ 地からお前の荷物を集めよ。
10:18 主はこう言われる。見よ、今度こそ わたしはこの地の住民を投げ出す。わたしは彼らを苦しめる 彼らが思い知るように。
10:19 ああ、災いだ。わたしは傷を負い わたしの打ち傷は痛む。しかし、わたしは思った。「これはわたしの病 わたしはこれに耐えよう。」
10:20 わたしの天幕は略奪に遭い 天幕の綱はことごとく断ち切られ 息子らはわたしのもとから連れ去られて ひとりもいなくなった。わたしの天幕を張ってくれる者も その幕を広げてくれる者もいない。
10:21 群れを養う者は愚かになり 主を尋ね求めることをしない。それゆえ、彼らはよく見守ることをせず 群れはことごとく散らされる。
10:22 声がする。見よ、知らせが来る。北の国から大いなる地響きが聞こえる。それはユダの町々を荒廃させ 山犬の住みかとする。
10:23 主よ、わたしは知っています。人はその道を定めえず 歩みながら、足取りを確かめることもできません。
10:24 主よ、わたしを懲らしめてください しかし、正しい裁きによって。怒りによらず わたしが無に帰することのないように。
10:25 あなたの憤りを注いでください あなたを知らない諸国民の上に。あなたの御名を呼ぶことのない諸民族の上に。彼らはヤコブを食い物にし 彼を食い尽くし その住みかを荒廃させました。

詩篇 23:1  賛歌。ダビデの詩。 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
23:2 主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い
23:3 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく わたしを正しい道に導かれる。
23:4 死の陰の谷を行くときも わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖 それがわたしを力づける。
23:5 わたしを苦しめる者を前にしても あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ わたしの杯を溢れさせてくださる。
23:6 命のある限り 恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り 生涯、そこにとどまるであろう。

使徒 17:16 パウロはアテネで二人を待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て憤慨した。
17:17 それで、会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、また、広場では居合わせた人々と毎日論じ合っていた。
17:18 また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者もパウロと討論したが、その中には、「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか」と言う者もいれば、「彼は外国の神々の宣伝をする者らしい」と言う者もいた。パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていたからである。
17:19 そこで、彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行き、こう言った。「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、知らせてもらえないか。
17:20 奇妙なことをわたしたちに聞かせているが、それがどんな意味なのか知りたいのだ。」
17:21 すべてのアテネ人やそこに在留する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである。
17:22 パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。
17:23 道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。
17:24 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。
17:25 また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。
17:26 神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。
17:27 これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。
17:28 皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と、言っているとおりです。
17:29 わたしたちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。
17:30 さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。
17:31 それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」



私たちは現実の世界の中で生きている。
そしてその現実世界は、決して麗しいものばかりではなく、どちらかと言うと、多くの困難や試練にもまれながら、それでも生きて行かなければならないような所と言えるのかもしれない。
時には目を背けてしまいたくなるようなことも起こる。
なぜ?どうして?と思うようなこともあるが、それらは全て人間のよこしまで残虐な罪のゆえに生じていることであろう。
時々絶望的な気持ちになることもあるが、そんな現実の世界に生きる私たちのために、救い主イエス様は私たちと同じ人間の姿となってきて下さったのである。
私たちと同じように、この世界に生き、苦しまれたけれども、その生涯を生き抜かれた。
イエス様は私たちのために大きな犠牲を支払って、罪に囚われ、現実の世界の中で苦しんで生きている私たちを救い、神の御国というもう一つの現実に私たちを招切れて下さった。
イエス様を信じる者のところには、現実の世界の中に生きつつも、同時に神の国がそこに到来している。
時には辛いこともあるかもしれないが、神の国の約束は永遠に変わることなく、私たちに約束されている。
感謝しつつ、希望を持って歩んで行こう。