アモス3章1~12節、詩篇85篇9~14節、コロサイ4章2~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

アモス 3:1 イスラエルの人々よ 主がお前たちに告げられた言葉を聞け。――わたしがエジプトの地から導き上った 全部族に対して――
3:2 地上の全部族の中からわたしが選んだのは お前たちだけだ。それゆえ、わたしはお前たちを すべての罪のゆえに罰する。
3:3 打ち合わせもしないのに 二人の者が共に行くだろうか。
3:4 獲物もないのに 獅子が森の中でほえるだろうか。獲物を捕らえもせずに 若獅子が穴の中から声をとどろかすだろうか。
3:5 餌が仕掛けられてもいないのに 鳥が地上に降りて来るだろうか。獲物もかからないのに 罠が地面から跳ね上がるだろうか。
3:6 町で角笛が吹き鳴らされたなら 人々はおののかないだろうか。町に災いが起こったなら それは主がなされたことではないか。
3:7 まことに、主なる神はその定められたことを 僕なる預言者に示さずには 何事もなされない。
3:8 獅子がほえる 誰が恐れずにいられよう。主なる神が語られる 誰が預言せずにいられようか。
3:9 アシュドドの城郭に向かって エジプトの地にある城郭に向かって告げよ。サマリアの山に集まり そこに起こっている狂乱と圧政を見よ。
3:10 彼らは正しくふるまうことを知らないと 主は言われる。彼らは不法と乱暴を城郭に積み重ねている。
3:11 それゆえ、主なる神はこう言われる。敵がこの地を囲み お前の砦を倒し、城郭を略奪する。
3:12 主はこう言われる。羊飼いが獅子の口から二本の後足 あるいは片耳を取り戻すように イスラエルの人々も取り戻される。今はサマリアにいて豪奢な寝台や ダマスコ風の長いすに身を横たえていても。

詩篇 85:9 わたしは神が宣言なさるのを聞きます。主は平和を宣言されます 御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に 彼らが愚かなふるまいに戻らないように。
85:10 主を畏れる人に救いは近く 栄光はわたしたちの地にとどまるでしょう。
85:11 慈しみとまことは出会い 正義と平和は口づけし
85:12 まことは地から萌えいで 正義は天から注がれます。
85:13 主は必ず良いものをお与えになり わたしたちの地は実りをもたらします。
85:14 正義は御前を行き 主の進まれる道を備えます。

コロサイ 4:2 目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。
4:3 同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。
4:4 わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください。
4:5 時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。
4:6 いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。
4:7 わたしの様子については、ティキコがすべてを話すことでしょう。彼は主に結ばれた、愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です。
4:8 彼をそちらに送るのは、あなたがたがわたしたちの様子を知り、彼によって心が励まされるためなのです。
4:9 また、あなたがたの一人、忠実な愛する兄弟オネシモを一緒に行かせます。彼らは、こちらの事情をすべて知らせるでしょう。
4:10 わたしと一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコが、そしてバルナバのいとこマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もしそちらに行ったら迎えるようにとの指示を、あなたがたは受けているはずです。
4:11 ユストと呼ばれるイエスも、よろしくと言っています。割礼を受けた者では、この三人だけが神の国のために共に働く者であり、わたしにとって慰めとなった人々です。
4:12 あなたがたの一人、キリスト・イエスの僕エパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼は、あなたがたが完全な者となり、神の御心をすべて確信しているようにと、いつもあなたがたのために熱心に祈っています。
4:13 わたしは証言しますが、彼はあなたがたのため、またラオディキアとヒエラポリスの人々のために、非常に労苦しています。
4:14 愛する医者ルカとデマスも、あなたがたによろしくと言っています。
4:15 ラオディキアの兄弟たち、および、ニンファと彼女の家にある教会の人々によろしく伝えてください。
4:16 この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください。
4:17 アルキポに、「主に結ばれた者としてゆだねられた務めに意を用い、それをよく果たすように」と伝えてください。
4:18 わたしパウロが、自分の手で挨拶を記します。わたしが捕らわれの身であることを、心に留めてください。恵みがあなたがたと共にあるように。


パウロが宣教の働きを進めていたとき、非常に多くの協力者たちがいたことが伺える。
もちろん、宣教の働きの尊さをみなが理解して、心合わせ、一致協力して宣教を進めて行こうと祈っていたであろうことは確かなことであろうが、それにもまして、パウロ自身の人柄と言うか、一人一人を大切にし、とても丁寧に交わりを保とうとしていたことが伺える。
もちろん、いつだってそうではなかったようもであるが、様々な経験をしたうえで、やはり大切なのは人間であり、神に愛され、救われた者を大事にすることを学んでいったからなのだろう。
かつて使い物にならないと判断したマルコも、ここではとても大切な存在として紹介されていることからもそれが伺えるだろう。
人間、思うようにいかないこともあるし、馬の合わない人もいるだろう。
けれど、こと宣教の働きを進めていく上では、ただでさえ少ないクリスチャンがいがみ合っていては、何も進まないし、祝福された働きにはならない。
見方をかえれば、あの人だってとってもいいところがあるし、何よりもイエス様が愛して下さった人ではないか。
そんな気持ちで主にある兄弟姉妹との交わりも祝福されたものとなることを願っていきたいものである。