イザヤ書65章17~25節、詩篇80篇、ヨハネ14章18~31節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ書 65:17 見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。初めからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない。
65:18 代々とこしえに喜び楽しみ、喜び躍れ。わたしは創造する。見よ、わたしはエルサレムを喜び躍るものとして その民を喜び楽しむものとして、創造する。
65:19 わたしはエルサレムを喜びとし わたしの民を楽しみとする。泣く声、叫ぶ声は、再びその中に響くことがない。
65:20 そこには、もはや若死にする者も 年老いて長寿を満たさない者もなくなる。百歳で死ぬ者は若者とされ 百歳に達しない者は呪われた者とされる。
65:21 彼らは家を建てて住み ぶどうを植えてその実を食べる。
65:22 彼らが建てたものに他国人が住むことはなく 彼らが植えたものを 他国人が食べることもない。わたしの民の一生は木の一生のようになり わたしに選ばれた者らは 彼らの手の業にまさって長らえる。
65:23 彼らは無駄に労することなく 生まれた子を死の恐怖に渡すこともない。彼らは、その子孫も共に 主に祝福された者の一族となる。
65:24 彼らが呼びかけるより先に、わたしは答え まだ語りかけている間に、聞き届ける。
65:25 狼と小羊は共に草をはみ 獅子は牛のようにわらを食べ、蛇は塵を食べ物とし わたしの聖なる山のどこにおいても 害することも滅ぼすこともない、と主は言われる。

詩篇 80:1  指揮者によって。「ゆり」に合わせて。定め。アサフの詩。賛歌。
80:2 イスラエルを養う方 ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ 御耳を傾けてください。ケルビムの上に座し、顕現してください
80:3 エフライム、ベニヤミン、マナセの前に。目覚めて御力を振るい わたしたちを救うために来てください。
80:4 神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。
80:5 万軍の神、主よ、あなたの民は祈っています。いつまで怒りの煙をはき続けられるのですか。
80:6 あなたは涙のパンをわたしたちに食べさせ なお、三倍の涙を飲ませられます。
80:7 わたしたちは近隣の民のいさかいの的とされ 敵はそれを嘲笑います。
80:8 万軍の神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。
80:9 あなたはぶどうの木をエジプトから移し 多くの民を追い出して、これを植えられました。
80:10 そのために場所を整え、根付かせ この木は地に広がりました。
80:11 その陰は山々を覆い 枝は神々しい杉をも覆いました。
80:12 あなたは大枝を海にまで 若枝を大河にまで届かせられました。
80:13 なぜ、あなたはその石垣を破られたのですか。通りかかる人は皆、摘み取って行きます。
80:14 森の猪がこれを荒らし 野の獣が食い荒らしています。
80:15 万軍の神よ、立ち帰ってください。天から目を注いで御覧ください。このぶどうの木を顧みてください
80:16 あなたが右の御手で植えられた株を 御自分のために強くされた子を。
80:17 それを切り、火に焼く者らは 御前に咎めを受けて滅ぼされますように。
80:18 御手があなたの右に立つ人の上にあり 御自分のために強められた 人の子の上にありますように。
80:19 わたしたちはあなたを離れません。命を得させ、御名を呼ばせてください。
80:20 万軍の神、主よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。

ヨハネ 14:18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。
14:19 しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。
14:20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。
14:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」
14:22 イスカリオテでない方のユダが、「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、なぜでしょうか」と言った。
14:23 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。
14:24 わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
14:25 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。
14:26 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。
14:27 わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
14:28 『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。
14:29 事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。
14:30 もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。
14:31 わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである。さあ、立て。ここから出かけよう。」


イエス様は、ご自身の生涯を通して神の救いのご計画を現わして下さった。
それは、自らの命を私たちのために捧げられ、全ての罪を贖い、罪清められたものとして神の御前に招くためである。
この救いの約束は、神ご自身が救いに必要な全ての贖いの御業を成し遂げて下さっているから、私たちはそのことを信じるだけで良いし、何ら不足していることなどない。
先日、クリスチャンの父親を亡くされた方が教会を訪ねてこられた。
葬りに際し、何かしておかなければならないことがあるのかどうか尋ねたかったようである。
短い時間であったが、聖書では神の子イエス様が私たちの救いのために必要な全ての贖いの御業を完全かつ永遠に成し遂げて下さったと語られているから、死者のために何か成仏させるために供養のようなものは必要ないことを説明したところ、なによりも、亡くなられた方ご本人が神の救いの約束を信じておられたのだから、何も気にすることはないし、十分な葬儀ができなかったからと言って気に病むこともないことをお話しすると、すごく安心されたようなお顔をして安心して帰路につかれた。
神の救いの約束は、私たちに平安を与えるものである。
慰めを、喜びを、希望を与えるものである。
深い悲しみや、どこからともなくやってくる不安に悩まされる方は、ぜひ聖書の救いの約束に耳を傾けて欲しい。

ヨハネ 14:27 わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。