イザヤ 50:4 主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え 疲れた人を励ますように 言葉を呼び覚ましてくださる。朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし 弟子として聞き従うようにしてくださる。
50:5 主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず、退かなかった。
50:6 打とうとする者には背中をまかせ ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
50:7 主なる神が助けてくださるから わたしはそれを嘲りとは思わない。わたしは顔を硬い石のようにする。わたしは知っている わたしが辱められることはない、と。
50:8 わたしの正しさを認める方は近くいます。誰がわたしと共に争ってくれるのか われわれは共に立とう。誰がわたしを訴えるのか わたしに向かって来るがよい。
50:9 見よ、主なる神が助けてくださる。誰がわたしを罪に定めえよう。見よ、彼らはすべて衣のように朽ち しみに食い尽くされるであろう。
50:5 主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず、退かなかった。
50:6 打とうとする者には背中をまかせ ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。
50:7 主なる神が助けてくださるから わたしはそれを嘲りとは思わない。わたしは顔を硬い石のようにする。わたしは知っている わたしが辱められることはない、と。
50:8 わたしの正しさを認める方は近くいます。誰がわたしと共に争ってくれるのか われわれは共に立とう。誰がわたしを訴えるのか わたしに向かって来るがよい。
50:9 見よ、主なる神が助けてくださる。誰がわたしを罪に定めえよう。見よ、彼らはすべて衣のように朽ち しみに食い尽くされるであろう。
詩篇 70:1 指揮者によって。ダビデの詩。記念。
70:2 神よ、速やかにわたしを救い出し 主よ、わたしを助けてください。
70:3 わたしの命をねらう者が 恥を受け、嘲られ わたしを災いに遭わせようと望む者が 侮られて退き
70:4 はやし立てる者が 恥を受けて逃げ去りますように。
70:5 あなたを尋ね求める人が あなたによって喜び祝い、楽しみ 御救いを愛する人が 神をあがめよといつも歌いますように。
70:6 神よ、わたしは貧しく、身を屈めています。速やかにわたしを訪れてください。あなたはわたしの助け、わたしの逃れ場。主よ、遅れないでください。
70:2 神よ、速やかにわたしを救い出し 主よ、わたしを助けてください。
70:3 わたしの命をねらう者が 恥を受け、嘲られ わたしを災いに遭わせようと望む者が 侮られて退き
70:4 はやし立てる者が 恥を受けて逃げ去りますように。
70:5 あなたを尋ね求める人が あなたによって喜び祝い、楽しみ 御救いを愛する人が 神をあがめよといつも歌いますように。
70:6 神よ、わたしは貧しく、身を屈めています。速やかにわたしを訪れてください。あなたはわたしの助け、わたしの逃れ場。主よ、遅れないでください。
ヘブル 12:1 こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、
12:2 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。
12:3 あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。
12:2 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。
12:3 あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。
ヨハネ 13:21 イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」
13:22 弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。
13:23 イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。
13:24 シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。
13:25 その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、
13:26 イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。
13:27 ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。
13:28 座に着いていた者はだれも、なぜユダにこう言われたのか分からなかった。
13:29 ある者は、ユダが金入れを預かっていたので、「祭りに必要な物を買いなさい」とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思っていた。
13:30 ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。
13:31 さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。
13:32 神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。
13:22 弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。
13:23 イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。
13:24 シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。
13:25 その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、
13:26 イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。
13:27 ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。
13:28 座に着いていた者はだれも、なぜユダにこう言われたのか分からなかった。
13:29 ある者は、ユダが金入れを預かっていたので、「祭りに必要な物を買いなさい」とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思っていた。
13:30 ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。
13:31 さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。
13:32 神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。
イエス様は、弟子の一人イスカリオテのユダに裏切られた。
そのことをイエス様が告げた時、ほかの弟子たちは、まさかユダが裏切ろうとしているなどとは全く考えてもいなかったし、そういったそぶりも見せていなかったのだろう。
それほどに、裏切るまで、信頼できる弟子を装っていたということである。
人は見かけによらないというか、この人がまさか裏切るなんてことはないだろうと思っているような人が裏切ったりもする。
そもそも、人はみな同じようなもので、心底信頼できる人というのはいないと思った方が良いかもしれない。
けれど、それだと、人と人とが信頼し合って生きていく社会は成り立たないから、できるだけ信用し、信頼して生きていくしかない。
それでも裏切られた場合は、それは仕方のないこととして受け止めるしかないだろう。
人を信用し過ぎて騙されてしまうといったことは避けたいものの、他人を全く信用しないで生きていくなどといった生き方は、逆に空しいだけだし、たとえ裏切られることがあったとしても、それでも信用して生きるくらいの方がいいのかもしれない。
そもそも、他人に対する信用というのも、自分が勝手に描いている他者の姿でしかなく、本当の姿とは異なっていて当然であろう。それを「信頼が裏切られた」と思うのである。
イエス様はユダに裏切られることを知っていて、それでも共に過ごしておられた。イエス様は、真実のユダの姿を温かい眼差しで見守っておられたのであろう。
イエス様はユダに裏切られたことになっているけれども、イエス様にしてみれば、ユダはイエス様が知っているままに、ありのままに生きたわけであるし、ユダの行動によってイエス様が十字架への道を歩まれることになったのであれば、それは裏切り行為ではなかったのかもしれない。
信頼している人に裏切られることは辛いことだけれども、一人一人に真実があり、罪もあり、イエス様はそれら全てをご存知の上で、全ての人を救うために十字架へと歩まれたことを覚えたい。