ゼカリヤ 2:5 わたしが目を留めて見ると、ひとりの人が測り縄を手にしているではないか。
2:6 「あなたはどこに行かれるのですか」と尋ねると、彼はわたしに、「エルサレムを測り、その幅と長さを調べるためです」と答えた。
2:7 わたしに語りかけた御使いが出て行くと、別の御使いが出て来て迎え、
2:8 彼に言った。「あの若者のもとに走り寄って告げよ。エルサレムは人と家畜に溢れ 城壁のない開かれた所となる。
2:9 わたし自身が町を囲む火の城壁となると 主は言われる。わたしはその中にあって栄光となる。
詩篇 9:2 わたしは心を尽くして主に感謝をささげ 驚くべき御業をすべて語り伝えよう。
9:3 いと高き神よ、わたしは喜び、誇り 御名をほめ歌おう。
9:4 御顔を向けられて敵は退き 倒れて、滅び去った。
9:5 あなたは御座に就き、正しく裁き わたしの訴えを取り上げて裁いてくださる。
9:6 異邦の民を叱咤し、逆らう者を滅ぼし その名を世々限りなく消し去られる。
9:7 敵はすべて滅び、永遠の廃虚が残り あなたに滅ぼされた町々の記憶も消え去った。
9:8 主は裁きのために御座を固く据え とこしえに御座に着いておられる。
9:9 御自ら世界を正しく治め 国々の民を公平に裁かれる。
9:10 虐げられている人に 主が砦の塔となってくださるように 苦難の時の砦の塔となってくださるように。
9:11 主よ、御名を知る人はあなたに依り頼む。あなたを尋ね求める人は見捨てられることがない。
9:12 シオンにいます主をほめ歌い 諸国の民に御業を告げ知らせよ。
9:13 主は流された血に心を留めて それに報いてくださる。貧しい人の叫びをお忘れになることはない。
9:14 憐れんでください、主よ 死の門からわたしを引き上げてくださる方よ。御覧ください わたしを憎む者がわたしを苦しめているのを。
9:15 おとめシオンの城門で あなたの賛美をひとつひとつ物語り 御救いに喜び躍ることができますように。
1テサロニケ 5:12 兄弟たち、あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主に結ばれた者として導き戒めている人々を重んじ、
5:13 また、そのように働いてくれるのですから、愛をもって心から尊敬しなさい。互いに平和に過ごしなさい。
5:14 兄弟たち、あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。
5:15 だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。
5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
3年前に新型コロナが流行し、世界中の人たちが混乱し、教会もまた礼拝を休止するなど、様々な影響を被った。
その際、多くの教会で、インターネットを利用して、礼拝の様子を配信するなどして、どうにか教会の働きを続けていくことができた。
そんな中、福山の教会の信徒の方のお母さまの所属している関西の教会では、そういった礼拝配信がなされていないため、一時的に、私どもの教会の礼拝の様子を見て下さったようである。
その方は、当時、大病を患い、全身に麻痺が残るような状態で、思うように体も動かせず、言葉も上手く話せない状態で、さぞ辛く、苦しい時を過ごされていたことと思う。
ようやくコロナの影響も下火になり、移動できるようになったため、広島にいる娘さんのところに何度か訪ねてこられた。
インターネットでの配信ではなく、実際の礼拝でお会いしたということらしい。
そして、今週は現在同居しておられる岐阜の息子さんの家から、わざわざ福山まで訪ねてきて下さり、共に礼拝の恵みにあずかることができた。
その際、上記のテサロニケの手紙の言葉が引用され、礼拝後に、この言葉は自分の相性聖句だと言って、喜びと感謝を表して下さった。
体もしびれて思うように動かせないし、言葉も上手く話すこともできず、もどかしさや辛さもあるのだろうと思うのに、いつも喜び、絶えず祈り、全てのことを感謝しますと。
今の世界、多くの方々が心も体も弱り果ててしまっているかもしれない。
少しでも励まし、喜びを共にすることができるよう、慰めに満ちた聖書の言葉をお伝えしていきたい。
そのためにも、まずは自分自身、いつも喜び、絶えず祈り、全てのことを感謝していよう。