エゼキエル13章1~16節、詩篇43篇、2ペテロ2章1~3節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エゼキエル 13:1 主の言葉がわたしに臨んだ。
13:2 「人の子よ、イスラエルの預言者たちに向かって、預言しなさい。自分の心のままに預言する者たちに向かって預言し、言いなさい。主の言葉を聞け。
13:3 主なる神はこう言われる。災いだ、何も示されることなく、自分の霊の赴くままに歩む愚かな預言者たちは。
13:4 イスラエルよ、お前の預言者たちは廃虚にいる山犬のようだ。
13:5 お前たちは、主の日の戦いに耐えるために、城壁の破れ口に上ろうとせず、イスラエルの家を守る石垣を築こうともしない。
13:6 彼らはむなしい幻を見、欺きの占いを行い、主から遣わされてもいないのに、『主は言われる』と言って、その言葉が成就するのを待っている。
13:7 お前たちが見ているのはむなしい幻、お前たちが口にしているのは欺きの占いではないか。わたしが語ってもいないのに、『主は言われる』と言っている。
13:8 それゆえ、主なる神はこう言われる。お前たちはむなしいことを語り、欺きの幻を見ているので、わたしはお前たちに立ち向かう、と主なる神は言われる。
13:9 わたしの手は、むなしい幻を見る預言者たちと、欺きを占う占い師たちに向けられる。彼らはわたしの民の集いに加えられず、イスラエルの家の記録にも記されず、イスラエルの土地に入ることもできない。そのとき、お前たちはわたしが主なる神であることを知るようになる。
13:10 平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。
13:11 漆喰を上塗りする者に言いなさい。『それは、はがれ落ちる』と。豪雨が襲えば、雹よ、お前たちも石のように落ちてくるし、暴風も突如として起こる。
13:12 壁が崩れ落ちれば、『先に施した上塗りはどこに行ったのか』とお前たちは言われるに違いない。
13:13 それゆえ、主なる神はこう言われる。わたしは憤りをもって、暴風を起こし、怒りをもって豪雨を降らせ、怒り狂って雹を石のように降らせ、すべてを破壊する。
13:14 お前たちが漆喰を塗った壁をわたしは破壊し、地面に打ちつけて、その基礎をむき出しにする。それが崩れ落ちるとき、お前たちもその中で滅びる。そのとき、お前たちは、わたしが主であることを知るようになる。
13:15 わたしは、壁とそれに漆喰を塗った者たちに対し怒りを注ぎ尽くし、『壁もなくなり、それに上塗りをした者たちもいなくなった』とお前たちに言う。
13:16 エルサレムに預言するイスラエルの預言者たちよ。平和がないのに、都のために平和の幻を見る者たちよ、と主なる神は言われる。

詩篇 43:1 神よ、あなたの裁きを望みます。わたしに代わって争ってください。あなたの慈しみを知らぬ民、欺く者 よこしまな者から救ってください。
43:2 あなたはわたしの神、わたしの砦。なぜ、わたしを見放されたのか。なぜ、わたしは敵に虐げられ 嘆きつつ行き来するのか。
43:3 あなたの光とまことを遣わしてください。彼らはわたしを導き 聖なる山、あなたのいますところに わたしを伴ってくれるでしょう。
43:4 神の祭壇にわたしは近づき わたしの神を喜び祝い 琴を奏でて感謝の歌をうたいます。神よ、わたしの神よ。
43:5 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう 「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。

2ペテロ 2:1 かつて、民の中に偽預言者がいました。同じように、あなたがたの中にも偽教師が現れるにちがいありません。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを贖ってくださった主を拒否しました。自分の身に速やかな滅びを招いており、
2:2 しかも、多くの人が彼らのみだらな楽しみを見倣っています。彼らのために真理の道はそしられるのです。
2:3 彼らは欲が深く、うそ偽りであなたがたを食い物にします。このような者たちに対する裁きは、昔から怠りなくなされていて、彼らの滅びも滞ることはありません。



エゼキエル書の箇所には、偽りの預言者たちについて、漆喰で上塗りされたような壁と表現している。
見た目には綺麗に見えても、ひとたび激しい風雨にさらされてしまえば、漆喰は剥がれ落ち、無残な壁が明るみに出てしまうのに似ているといったところであろう。
世には多くの教師や指導者といった人たちがいるが、普段何もない時は立派なことを言っていても、いざ困難な状況に陥った時、誰かに責任を転嫁したり、真っ先に逃げ出したりするものもいる。
人は困難な時に、その本性が現れてくる。
主に従い、主に仕えていきたいと願うのなら、困難な時にこそ「主の日の戦いに耐えるために、城壁の破れ口に上り、イスラエルの家を守る石垣を築こうとする」のであろう。
果たして自分がそうできるのかと自問してみるが、いざ、その時になってみないと分からないこともある。
けれど、困難な状況というのは、いつだってあるし、どうにもならないこともたくさんあるけれど、自分にできる範囲で、なんとか助け合い、支えって生きていくことを選んでいく者でありたい。
きっとイエス様はそういうところにおられるはずだから。
イエス様のそばにいたいと思うなら、逃げることはよそう。
もともと与えられた命である。
命を与えて下さった方のために生きて行こう。