申命記26章1~15節、詩篇78篇1~8,17~29節、使徒2章37~47節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 26:1 あなたの神、主が嗣業の土地として得させるために与えられる土地にあなたが入り、そこに住むときには、
26:2 あなたの神、主が与えられる土地から取れるあらゆる地の実りの初物を取って籠に入れ、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所に行きなさい。
26:3 あなたは、そのとき任に就いている祭司のもとに行き、「今日、わたしはあなたの神、主の御前に報告いたします。わたしは、主がわたしたちに与えると先祖たちに誓われた土地に入りました」と言いなさい。
26:4 祭司はあなたの手から籠を受け取って、あなたの神、主の祭壇の前に供える。
26:5 あなたはあなたの神、主の前で次のように告白しなさい。「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかしそこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。
26:6 エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。
26:7 わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた苦しみと労苦と虐げを御覧になり、
26:8 力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、
26:9 この所に導き入れて乳と蜜の流れるこの土地を与えられました。
26:10 わたしは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。」あなたはそれから、あなたの神、主の前にそれを供え、あなたの神、主の前にひれ伏し、
26:11 あなたの神、主があなたとあなたの家族に与えられたすべての賜物を、レビ人およびあなたの中に住んでいる寄留者と共に喜び祝いなさい。
26:12 十分の一の納期である三年目ごとに、収穫物の十分の一を全部納め終わり、レビ人、寄留者、孤児、寡婦に施し、彼らが町の中でそれを食べて満ち足りたとき、
26:13 あなたの神、主の前で次のように言いなさい。「わたしは、聖なる献げ物を残らず家から取り出し、すべてあなたが命じられた戒めに従って、レビ人、寄留者、孤児、寡婦に施し、あなたの戒めからはずれたり、それを忘れたりしませんでした。
26:14 それを喪中に食べたり、汚れているときに取り出したり、死者に供えたりしたことはありません。わたしの神、主の御声に聞き従い、すべてあなたが命じられたとおりに行いました。
26:15 天にあるあなたの聖なる住まいから見下ろして、あなたの民イスラエルを祝福し、あなたが先祖に誓われたとおりに、わたしたちに授けられた地、乳と蜜の流れる土地を祝福してください。」

詩篇 78:1  マスキール。アサフの詩。 わたしの民よ、わたしの教えを聞き わたしの口の言葉に耳を傾けよ。
78:2 わたしは口を開いて箴言を いにしえからの言い伝えを告げよう
78:3 わたしたちが聞いて悟ったこと 先祖がわたしたちに語り伝えたことを。
78:4 子孫に隠さず、後の世代に語り継ごう 主への賛美、主の御力を 主が成し遂げられた驚くべき御業を。
78:5 主はヤコブの中に定めを与え イスラエルの中に教えを置き それを子孫に示すように わたしたちの先祖に命じられた。
78:6 子らが生まれ、後の世代が興るとき 彼らもそれを知り その子らに語り継がなければならない。
78:7 子らが神に信頼をおき 神の御業を決して忘れず その戒めを守るために
78:8 先祖のように 頑な反抗の世代とならないように 心が確かに定まらない世代 神に不忠実な霊の世代とならないように。
78:17 彼らは重ねて罪を犯し 砂漠でいと高き方に反抗した。
78:18 心のうちに神を試み 欲望のままに食べ物を得ようとし
78:19 神に対してつぶやいて言った。「荒れ野で食卓を整えることが 神にできるのだろうか。
78:20 神が岩を打てば水がほとばしり出て 川となり、溢れ流れるが 民にパンを与えることができるだろうか 肉を用意することができるだろうか。」
78:21 主はこれを聞いて憤られた。火はヤコブの中に燃え上がり 怒りはイスラエルの中に燃えさかった。
78:22 彼らは神を信じようとせず 御救いに依り頼まなかった。
78:23 それでもなお、神は上から雲に命じ 天の扉を開き
78:24 彼らの上にマナを降らせ、食べさせてくださった。神は天からの穀物をお与えになり
78:25 人は力ある方のパンを食べた。神は食べ飽きるほどの糧を送られた。
78:26 神は東風を天から送り 御力をもって南風を起こし
78:27 彼らの上に肉を塵のように降らせ 翼ある鳥を海辺の砂のように降らせ
78:28 彼らの陣営の中に 宿る所の周りに落としてくださった。
78:29 彼らは食べて飽き足りた。神は彼らの欲望を満たしてくださった。

使徒 2:37 人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。
2:38 すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。
2:39 この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」
2:40 ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。
2:41 ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。
2:42 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
2:43 すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。
2:44 信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、
2:45 財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。
2:46 そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、
2:47 神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。


使徒言行録には、イエス様の弟子たちを中心に、初代教会が誕生、形成されていった様子が記されている。
その教会の様は、ある種、理想的な教会のあるべき姿であることには違いないだろう。
しかし、一方で、初代教会はその時代だからこそ成立したこともあるだろうし、時代背景も環境も違う現代の私たちの国において、初代教会の頃と全く同じことができるかと言うと、なかなかそうはいかないし、むしろ、そうでなくても良い部分もあるのだろう。
教会において大切な事は、そこに集い、一緒に食事をしたり、物を共有したりすることではなく、そこで神の救いの約束の言葉が語られていくことであろう。
イエス様が私たちの救いのために自らの命を捧げて下さり、そのおかげで、私たちはイエス様を信じるだけで救われ、永遠の命を頂いているのであり、そのことがしっかりと語られているのならば、活動の仕方等は、ある程度は臨機応変に対応していっても良いのではないだろうか。
たとえ良いことではあったとしても、あまりにも頑なにそこにこだわることで、周りの人とぎくしゃくしてしまったりするのならば、何かどこか違っているのかもしれない。
皆が一つになるといったことも、何をもって一つなのかといったことを見誤ってしまうと、おかしなことになりかねないし、私たちはキリストにあって同じ救いを受けているものという点で「一つ」であるならば、それ以外は多少違っていても仕方ないし、むしろ当然なのであろう。
自分の意思や考えをしっかり持つことは良い。
ただ、それによって周りの人に不快感を与えているのならば、表現の仕方も考えなければならないし、好ましい対応の仕方を求めていく必要があるだろう、
それも一つの愛の表し方。
そっとして欲しい時には温かくそっと見守り、接して欲しい時には快く交わりを深めていく。
そんな風にできたらいいな。