イザヤ48章6~11節、詩篇65篇10~14節、ローマ15章14~21節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 48:6 お前の聞いていたこと、そのすべての事を見よ。自分でもそれを告げうるではないか。これから起こる新しいことを知らせよう 隠されていたこと、お前の知らぬことを。
48:7 それは今、創造された。昔にはなかったもの、昨日もなかったこと。それをお前に聞かせたことはない。見よ、わたしは知っていたと お前に言わせないためだ。
48:8 お前は聞いたこともなく、知ってもおらず 耳も開かれたことはなかった。お前は裏切りを重ねる者 生まれたときから背く者と呼ばれていることを わたしは知っていたから。
48:9 わたしは、わたしの名のために怒りを抑え わたしの栄誉のために耐えて お前を滅ぼさないようにした。
48:10 見よ、わたしは火をもってお前を練るが 銀としてではない。わたしは苦しみの炉でお前を試みる。
48:11 わたし自身のために、わたし自身のために わたしは事を起こす。わたしの栄光が汚されてよいであろうか。わたしはそれをほかの者には与えない。

詩篇 65:10 あなたは地に臨んで水を与え 豊かさを加えられます。神の水路は水をたたえ、地は穀物を備えます。あなたがそのように地を備え
65:11 畝を潤し、土をならし 豊かな雨を注いで柔らかにし 芽生えたものを祝福してくださるからです。
65:12 あなたは豊作の年を冠として地に授けられます。あなたの過ぎ行かれる跡には油が滴っています。
65:13 荒れ野の原にも滴り どの丘も喜びを帯とし
65:14 牧場は羊の群れに装われ 谷は麦に覆われています。ものみな歌い、喜びの叫びをあげています。

ローマ 15:14 兄弟たち、あなたがた自身は善意に満ち、あらゆる知識で満たされ、互いに戒め合うことができると、このわたしは確信しています。
15:15 記憶を新たにしてもらおうと、この手紙ではところどころかなり思い切って書きました。それは、わたしが神から恵みをいただいて、
15:16 異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となり、神の福音のために祭司の役を務めているからです。そしてそれは、異邦人が、聖霊によって聖なるものとされた、神に喜ばれる供え物となるためにほかなりません。
15:17 そこでわたしは、神のために働くことをキリスト・イエスによって誇りに思っています。
15:18 キリストがわたしを通して働かれたこと以外は、あえて何も申しません。キリストは異邦人を神に従わせるために、わたしの言葉と行いを通して、
15:19 また、しるしや奇跡の力、神の霊の力によって働かれました。こうしてわたしは、エルサレムからイリリコン州まで巡って、キリストの福音をあまねく宣べ伝えました。
15:20 このようにキリストの名がまだ知られていない所で福音を告げ知らせようと、わたしは熱心に努めてきました。それは、他人の築いた土台の上に建てたりしないためです。
15:21 「彼のことを告げられていなかった人々が見、聞かなかった人々が悟るであろう」と書いてあるとおりです。



今まで経験したことがなかったようなことに出くわすと、多くの人が戸惑い、混乱してしまうことがある。
しかし、ある人にとっては、新しいことや未体験のこと、未知のことに出会える楽しみな機会ととらえることができるかもしれない。
日を重ねるごとに、時代も環境もどんどん変化していくのが常であり、いつまでも「昔はよかった」などと言って感傷に浸っていては、どんどん時代から取り残されて行ってしまうだけであろう。
もちろん、何が何でも新しいものが良くて、古いものは捨て去れば良いというものでもないが、古いものにこだわり続けて変わっていくことを頑なに拒んでいても、何も始まらない。
特に、古い人間、古い肉の性質に留まり続けていても、そこに、救いの道が開かれていようとも、その先へと進もうとしないのなら、残念なことである。
神さまは、私たちに新しい命にあずかることができるよう、イエス様を送り、救いの道を開いて下さった。
その道へ歩み出していくかどうかは、私たち自身の決断にもかかっている。
信仰とは、神が成し遂げられた救いの約束に信頼し、勇気を出して一歩踏み出すようなものと言えるだろう。
前へ進まなければ何もない。
しかし、一歩前へ踏み出していけば、そこには永遠の命の約束がある。
信仰の世界は、いまだ経験したことのない驚くべき恵みで満ち溢れている。
すでに一歩踏み出して歩み始めている人にも、それは同じこと。
これから出会う人、出会う経験、全てのことを全能の主なる神様が導いて下さる。
楽しみにしながら、前へ、歩み出していこう。

2コリント5:15 その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。
5:16 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。
5:17 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。
5:18 これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました。
5:19 つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。
5:20 ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。