列王記上21章1~16節、詩篇119篇161~168節、1テサロニケ4章9~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記上 21:1 これらの出来事の後のことである。イズレエルの人ナボトは、イズレエルにぶどう畑を持っていた。畑はサマリアの王アハブの宮殿のそばにあった。
21:2 アハブはナボトに話を持ちかけた。「お前のぶどう畑を譲ってくれ。わたしの宮殿のすぐ隣にあるので、それをわたしの菜園にしたい。その代わり、お前にはもっと良いぶどう畑を与えよう。もし望むなら、それに相当する代金を銀で支払ってもよい。」
21:3 ナボトはアハブに、「先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることなど、主にかけてわたしにはできません」と言った。
21:4 アハブは、イズレエルの人ナボトが、「先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることはできない」と言ったその言葉に機嫌を損ね、腹を立てて宮殿に帰って行った。寝台に横たわった彼は顔を背け、食事も取らなかった。
21:5 妻のイゼベルが来て、「どうしてそんなに御機嫌が悪く、食事もなさらないのですか」と尋ねると、
21:6 彼は妻に語った。「イズレエルの人ナボトに、彼のぶどう畑をわたしに銀で買い取らせるか、あるいは望むなら代わりの畑と取り替えさせるか、いずれにしても譲ってくれと申し入れたが、畑は譲れないと言うのだ。」
21:7 妻のイゼベルは王に言った。「今イスラエルを支配しているのはあなたです。起きて食事をし、元気を出してください。わたしがイズレエルの人ナボトのぶどう畑を手に入れてあげましょう。」
21:8 イゼベルはアハブの名で手紙を書き、アハブの印を押して封をし、その手紙をナボトのいる町に住む長老と貴族に送った。
21:9 その手紙にはこう書かれていた。「断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせよ。
21:10 ならず者を二人彼に向かって座らせ、ナボトが神と王とを呪った、と証言させよ。こうしてナボトを引き出し、石で打ち殺せ。」
21:11 その町の人々、その町に住む長老と貴族たちはイゼベルが命じたとおり、すなわち彼女が手紙で彼らに書き送ったとおりに行った。
21:12 彼らは断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせた。
21:13 ならず者も二人来てナボトに向かって座った。ならず者たちは民の前でナボトに対して証言し、「ナボトは神と王とを呪った」と言った。人々は彼を町の外に引き出し、石で打ち殺した。
21:14 彼らはイゼベルに使いを送って、ナボトが石で打ち殺されたと伝えた。
21:15 イゼベルはナボトが石で打ち殺されたと聞くと、アハブに言った。「イズレエルの人ナボトが、銀と引き換えにあなたに譲るのを拒んだあのぶどう畑を、直ちに自分のものにしてください。ナボトはもう生きていません。死んだのです。」
21:16 アハブはナボトが死んだと聞くと、直ちにイズレエルの人ナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って行った。

詩篇 119:161 地位ある人々が理由もなく迫害しますが わたしの心が恐れるのはあなたの御言葉だけです。
119:162 仰せを受けてわたしは喜びます 多くの戦利品を得たかのように。
119:163 わたしは偽りを忌むべきこととして憎み あなたの律法を愛します。
119:164 日に七たび、わたしはあなたを賛美します あなたの正しい裁きのゆえに。
119:165 あなたの律法を愛する人には豊かな平和があり つまずかせるものはありません。
119:166 主よ、わたしは御救いを仰いで待ち あなたの戒めを実行します。
119:167 わたしの魂はあなたの定めを守り それをどこまでも愛します。
119:168 あなたの定めと命令を守っています。わたしの道はすべて御前にあるとおりです。

1テサロニケ 4:9 兄弟愛については、あなたがたに書く必要はありません。あなたがた自身、互いに愛し合うように、神から教えられているからです。
4:10 現にあなたがたは、マケドニア州全土に住むすべての兄弟に、それを実行しています。しかし、兄弟たち、なおいっそう励むように勧めます。
4:11 そして、わたしたちが命じておいたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。
4:12 そうすれば、外部の人々に対して品位をもって歩み、だれにも迷惑をかけないで済むでしょう。


律法の戒めの中に「あなたがたは偽証してはならない」というのがある。
これに関連して、誰かが誰かを恣意的に陥れることのないよう、証言を聞く時には、二人以上の証言が一致しない場合は認めないというルールがあった。
アハブとイゼベルは、この掟を逆手に取り、イズレエルの人ナボトのぶどう畑を手に入れるために、二人のならず者を雇い、偽りの証言をさせ、ついに処刑してしまうのである。
アハブとイゼベルは、自分の手を汚すことなく、イズレエル人ナボトのぶどう畑を手に入れることになるのだが、この二人のほうこそ、真のならず者であろう。
偽証してはならない、という戒めは、単に嘘をついてはならないとか、偽りの証言をしてはならないといったことだけを戒めているのではなく、誰かを陥れることを禁じるものであると言えよう。
なぜなら、それが悪魔のやり方だからである。
アダムとエバが誘惑された時も、悪魔は断定的に偽りの言葉を述べたというよりも、神の語られた言葉を不明瞭にし、アダムとエバに神への疑いの心を起こさせるよう、言葉巧みに翻弄しているのである。
その目的は、人を陥れ、ついには人を滅びへと引きずり落とすためであろう。
そんな愚かな私たち人間を救うため、イエス様は御自分の命をかけて救おうとされた。
多くの偽りの証言にさらされながら、ほとんどの証言は一致しないにも関わらず、イエス様は処刑されたのである。

マタイ 26:59 さて、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた。
26:60 偽証人は何人も現れたが、証拠は得られなかった。最後に二人の者が来て、
26:61 「この男は、『神の神殿を打ち倒し、三日あれば建てることができる』と言いました」と告げた。

ピラトもイエス様に対して何の罪も見いだすことはできなかったが、イエス様はついに処刑されてしまうのである。
しかし、それが神の御心であり、そうまでしても、真実を曲げてでも、私たちを救いたいと神は望まれたのである。
真実を捻じ曲げてでも、他者から奪い取ろうとする人間を、真実を曲げてでも、御自分の命を犠牲にしてまで救おうとされた神。
この、おどろくべき神の救いの御業を、誰かの救いのために、真実に証言していくものでありたいものである。