箴言4章10~27節、詩篇105篇1~11,37~45節、ルカ6章12~19節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言 4:10 わが子よ、聞け、わたしの言うことを受け入れよ。そうすれば、命の年月は増す。
4:11 わたしはあなたに知恵の道を教え まっすぐな道にあなたを導いた。
4:12 歩いても、あなたの足取りはたじろがず 走っても、つまずくことはないであろう。
4:13 諭しをとらえて放してはならない。それを守れ、それはあなたの命だ。
4:14 神に逆らう者の道を歩くな。悪事をはたらく者の道を進むな。
4:15 それを避けよ、その道を通るな。そこからそれて、通り過ぎよ。
4:16 彼らは悪事をはたらかずには床に就かず 他人をつまずかせなければ熟睡できない。
4:17 背信のパンを食べ、不法の酒を飲む。
4:18 神に従う人の道は輝き出る光 進むほどに光は増し、真昼の輝きとなる。
4:19 神に逆らう者の道は闇に閉ざされ 何につまずいても、知ることはない。
4:20 わが子よ、わたしの言葉に耳を傾けよ。わたしの言うことに耳を向けよ。
4:21 見失うことなく、心に納めて守れ。
4:22 それらに到達する者にとって、それは命となり 全身を健康にする。
4:23 何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。
4:24 曲がった言葉をあなたの口から退け ひねくれた言葉を唇から遠ざけよ。
4:25 目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに まなざしを正しく向けよ。
4:26 どう足を進めるかをよく計るなら あなたの道は常に確かなものとなろう。
4:27 右にも左にも偏ってはならない。悪から足を避けよ。

詩篇 105:1 主に感謝をささげて御名を呼べ。諸国の民に御業を示せ。
105:2 主に向かって歌い、ほめ歌をうたい 驚くべき御業をことごとく歌え。
105:3 聖なる御名を誇りとせよ。主を求める人よ、心に喜びを抱き
105:4 主を、主の御力を尋ね求め 常に御顔を求めよ。
105:5 主の成し遂げられた驚くべき御業と奇跡を 主の口から出る裁きを心に留めよ。
105:6 主の僕アブラハムの子孫よ ヤコブの子ら、主に選ばれた人々よ。
105:7 主はわたしたちの神 主の裁きは全地に及ぶ。
105:8 主はとこしえに契約を御心に留められる 千代に及ぼすように命じられた御言葉を
105:9 アブラハムと結ばれた契約 イサクに対する誓いを。
105:10 主はそれをヤコブに対する掟とし イスラエルへのとこしえの契約として立て
105:11 宣言された 「わたしはあなたにカナンの地を 嗣業として継がせよう」と。
105:37 主は金銀を持たせて民を導き出された。どの部族にも、落伍する者はひとりもなかった。
105:38 エジプトは恐怖に襲われていたから 彼らが出て行くのを喜んだ。
105:39 主は雲を広げて覆いとし 火をもって夜を照らされた。
105:40 民が求めると、主はうずらをもたらし 天のパンをもって彼らを満足させられた。
105:41 主が岩を開かれると、水がほとばしり 大河となって、乾いた地を流れた。
105:42 主は聖なる御言葉を御心に留め 僕アブラハムを御心に留められた。
105:43 主は、御自分の民を喜びのうちに 選ばれた民を歓呼のうちに導き出された。
105:44 主は彼らに諸国の土地を授け 多くの民の労苦の実りを継がせられた。
105:45 それゆえ彼らは主の掟を守り 主の教えに従わなければならない。ハレルヤ。

ルカ 6:12 そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。
6:13 朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。
6:14 それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、
6:15 マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、
6:16 ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。


弟子が師に学ぶとき、教えてもらった事をメモして、それで満足しているようでは、何も身につかないだろう。
教えてもらったことを実践してみることが大切であるし、何より、師の言動の全てを間近で見て真似ることを続けて行かなければ、なかなか身に着くことは難しい。
だから、弟子は師と寝食を共にし、見て、真似て、覚えていくことが多い。
イエス様も弟子たちを身近に置き、御自分のなさること、語る事、その全てを目撃させていた。
単に言葉を教えるだけではなく、あらゆるところに弟子たちを同行させ、イエス様のなさる全ての業を見て、教えられた。
ただ、誰かを救うために、自分の命をささげることだけは誰にも真似はできない。
けれども、その姿勢というか、誰かの救いのために働いていこうとする姿勢は教えようとしておられたことであろう。
誰もが自分のために、自分の都合や欲望を優先して行動しがちであるが、イエス様の教えられた生き方、示された十字架のご生涯は、自分を捨ててでも、他者を救い、生かすための生き様であった。
私たちは、イエス様の弟子たちのように、イエス様と寝食を共にするような過ごし方はできないかもしれないが、御言葉に聞き、御言葉の中に示されているイエス様の生き様を目の当たりにしながら、日々、イエス様と共に歩んでいくことはできる。
なぜなら、イエス様こそ神の御言葉そのものだからである。

ヨハネ 1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

今日も聖書の御言葉に聞き、御言葉が私たちのうちに宿り、御言葉と共に歩む幸いな一日を過ごそう。