サムエル上16章11~13節、詩篇31篇10~17節、フィリピ1章1~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

サムエル上 16:11 サムエルはエッサイに尋ねた。「あなたの息子はこれだけですか。」「末の子が残っていますが、今、羊の番をしています」とエッサイが答えると、サムエルは言った。「人をやって、彼を連れて来させてください。その子がここに来ないうちは、食卓には着きません。」
16:12 エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」
16:13 サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。サムエルは立ってラマに帰った。

詩篇 31:10 主よ、憐れんでください わたしは苦しんでいます。目も、魂も、はらわたも 苦悩のゆえに衰えていきます。
31:11 命は嘆きのうちに 年月は呻きのうちに尽きていきます。罪のゆえに力はうせ 骨は衰えていきます。
31:12 わたしの敵は皆、わたしを嘲り 隣人も、激しく嘲ります。親しい人々はわたしを見て恐れを抱き 外で会えば避けて通ります。
31:13 人の心はわたしを死者のように葬り去り 壊れた器と見なします。
31:14 ひそかな声が周囲に聞こえ 脅かすものが取り囲んでいます。人々がわたしに対して陰謀をめぐらし 命を奪おうとたくらんでいます。
31:15 主よ、わたしはなお、あなたに信頼し 「あなたこそわたしの神」と申します。
31:16 わたしにふさわしいときに、御手をもって 追い迫る者、敵の手から助け出してください。
31:17 あなたの僕に御顔の光を注ぎ 慈しみ深く、わたしをお救いください。

フィリピ 1:1 キリスト・イエスの僕であるパウロとテモテから、フィリピにいて、キリスト・イエスに結ばれているすべての聖なる者たち、ならびに監督たちと奉仕者たちへ。
1:2 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
1:3 わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、
1:4 あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。
1:5 それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです。
1:6 あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。
1:7 わたしがあなたがた一同についてこのように考えるのは、当然です。というのは、監禁されているときも、福音を弁明し立証するときも、あなたがた一同のことを、共に恵みにあずかる者と思って、心に留めているからです。
1:8 わたしが、キリスト・イエスの愛の心で、あなたがた一同のことをどれほど思っているかは、神が証ししてくださいます。
1:9 わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、
1:10 本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、
1:11 イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。


フィリピ人への手紙では、パウロとテモテから、フィリピのクリスチャンたちへ、特に、教会の群れを導くリーダーや奉仕者たちに対して、祝福とお勧めの言葉が記されている。
教会の群れを導く立場にある人たちも、最初からそういう働きをしていたわけではなく、一つずつ奉仕を重ねていくうちに、徐々に任される責任の幅も広がっていったと考える方が適切であろう。
最初から何でもできる信頼できる人など、そうそういない。
信頼とは、積み重ねていくことによって形成されていくものであろう。
しかし、今の時代は、一度でもミスを犯すと、もうそれで何もかも終わりのごとく、猛烈に批判され、責任を任されているからといって強烈な攻撃にさらされることもある。
もともと、そんな立派な人間がいるわけでもないのに、なぜ、人はそのように考えるのだろう。

あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。

とパウロは記しているが、誰もが最初は純粋な気持ちでいろいろなことに取り組んでいたはずである。
いろいろな事を経験し、知識や経験を積み重ねていくうちに、何か間違った方向へ進んでいるのなら、しっかり吟味し、もう一度原点に立ち返ってみるのも悪くはない。

黙示2:3 あなたはよく忍耐して、わたしの名のために我慢し、疲れ果てることがなかった。
2:4 しかし、あなたに言うべきことがある。あなたは初めのころの愛から離れてしまった。
2:5 だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ。もし悔い改めなければ、わたしはあなたのところへ行って、あなたの燭台をその場所から取りのけてしまおう。


積み重ねてきた年月は、後戻りすることもやり直すこともできないけれど、若い頃に抱いていた純粋な気持ちも見失うことなく、いつでも原点に立ち返り、神の恵みのもと、赦され、愛され、生かされている者であることを忘れずに、感謝の心を持って生きていきたい。