イザヤ 29:17 なおしばらくの時がたてば レバノンは再び園となり 園は森林としても数えられる。
29:18 その日には、耳の聞こえない者が 書物に書かれている言葉をすら聞き取り 盲人の目は暗黒と闇を解かれ、見えるようになる。
29:19 苦しんでいた人々は再び主にあって喜び祝い 貧しい人々は イスラエルの聖なる方のゆえに喜び躍る。
29:20 暴虐な者はうせ、不遜な者は滅び 災いを待ち構える者は皆、断たれる。
29:21 彼らは言葉をもって人を罪に定め 町の門で弁護する者を罠にかけ 正しい者を不当に押しのける。
29:22 それゆえ、アブラハムを贖われた主は ヤコブの家に向かって、こう言われる。「もはや、ヤコブは恥を受けることはない。もはや顔が青ざめることもない。」
29:23 彼はその子らと共に 民の内にわが手の業を見てわが名を聖とする。彼らはヤコブの聖なる者を聖とし イスラエルの神を畏るべきものとする。
29:24 心の迷った者も知ることを得 つぶやく者も正しく語ることを学ぶ。
詩篇 42:1 指揮者によって。マスキール。コラの子の詩。
42:2 涸れた谷に鹿が水を求めるように 神よ、わたしの魂はあなたを求める。
42:3 神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て 神の御顔を仰ぐことができるのか。
42:4 昼も夜も、わたしの糧は涙ばかり。人は絶え間なく言う 「お前の神はどこにいる」と。
42:5 わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす 喜び歌い感謝をささげる声の中を 祭りに集う人の群れと共に進み 神の家に入り、ひれ伏したことを。
42:6 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう 「御顔こそ、わたしの救い」と。
42:7 わたしの神よ。わたしの魂はうなだれて、あなたを思い起こす。ヨルダンの地から、ヘルモンとミザルの山から
42:8 あなたの注ぐ激流のとどろきにこたえて 深淵は深淵に呼ばわり 砕け散るあなたの波はわたしを越えて行く。
42:9 昼、主は命じて慈しみをわたしに送り 夜、主の歌がわたしと共にある わたしの命の神への祈りが。
42:10 わたしの岩、わたしの神に言おう。「なぜ、わたしをお忘れになったのか。なぜ、わたしは敵に虐げられ 嘆きつつ歩くのか。」
42:11 わたしを苦しめる者はわたしの骨を砕き 絶え間なく嘲って言う 「お前の神はどこにいる」と。
42:12 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう 「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。
使徒 5:12 使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、
5:13 ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。しかし、民衆は彼らを称賛していた。
5:14 そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。
5:15 人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。
5:16 また、エルサレム付近の町からも、群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった。
私には病人を癒す賜物は与えられていない。
そのことを、ある教会の礼拝の中で話していたら、礼拝が終わってから一人のご婦人が近寄って来られて「かつて自分がほとんど家で過ごしていた時、先生が訪ねて下さって、私は元気をもらいました。癒されたのです」とお証しして下さった事がある。
病気を癒すことができるのも素晴らしいが、人を励ましたり、慰めたりすることは、もっと素晴らしいのだと教えられた。
以来、少しでも誰かに喜んでもらえたらと願いつつ行動しているが、なかなか上手くいかないことも多い。
和やかな雰囲気にしようと一生懸命に取り組んでも「何をヘラヘラ笑ているんだ。もっと真剣に考えろ」と言われることもある。
自分の個性や賜物、思いなどが上手く伝わらず、かえって相手をイライラさせてしまったり、こちらが疲れ果ててしまったりすることもあるが、「もはや、ヤコブは恥を受けることはない。もはや顔が青ざめることもない。」と約束されているのだから、たとえ上手く伝わらなくても、喜んでもらえるにはどうすれば良いかということを考えながら、これからも主の御顔を見上げて歩んでいきたい。