エレミヤ14章1~6節、詩篇84篇2~8節、ルカ1章47~55節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 14:1 干ばつに見舞われたとき、主の言葉がエレミヤに臨んだ。
14:2 ユダは渇き、町々の城門は衰える。人々は地に伏して嘆き エルサレムは叫びをあげる。
14:3 貴族は水を求めて、召し使いを送る。彼らが貯水池に来ても、水がないので 空の水がめを持ち うろたえ、失望し、頭を覆って帰る。
14:4 地には雨が降らず 大地はひび割れる。農夫はうろたえ、頭を覆う。
14:5 青草がないので 野の雌鹿は子を産んでも捨てる。
14:6 草が生えないので 野ろばは裸の山の上に立ち 山犬のようにあえぎ、目はかすむ。

詩篇 84:2 万軍の主よ、あなたのいますところは どれほど愛されていることでしょう。
84:3 主の庭を慕って、わたしの魂は絶え入りそうです。命の神に向かって、わたしの身も心も叫びます。
84:4 あなたの祭壇に、鳥は住みかを作り つばめは巣をかけて、雛を置いています。万軍の主、わたしの王、わたしの神よ。
84:5 いかに幸いなことでしょう あなたの家に住むことができるなら まして、あなたを賛美することができるなら。
84:6 いかに幸いなことでしょう あなたによって勇気を出し 心に広い道を見ている人は。
84:7 嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。
84:8 彼らはいよいよ力を増して進み ついに、シオンで神にまみえるでしょう。

ルカ 1:47 「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
1:48 身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、
1:49 力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、
1:50 その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。
1:51 主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、
1:52 権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、
1:53 飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。
1:54 その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、
1:55 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」


日々の暮らしに追われていると、なぜこんなにも多くの苦難があり、働いても働いても貧しいのかと嘆きたくなる時がある。
災害などによって、生活の基盤すら失われてしまい、途方に暮れることもある。
しかし、とりあえず今の暮らしに銃弾やミサイルの砲撃などがないだけでも幸せなのではないだろうか。
不足や不満をのべればきりがない。
しかし、恵みや感謝を数えていくならば、きっとそこには幸いがあるだろう。
愛する家族や親しい仲間がいて、ともに暮らすことのできる環境があるのなら、それだけでも有難いこと。
そして、なによりも、どんな時にも主なる神様が共にいて下さると約束しておられる。
主なる神様は、私にはできないこと、人間にはできないことを成し遂げて下さった。
イエス様が命をかけて開いて下さった救いの道を、喜びをもって歩み進んでいきたいものである。