イザヤ2章12~17節、詩篇119篇65~72節、テトス1章1~9節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 2:12 万軍の主の日が臨む すべて誇る者と傲慢な者に すべて高ぶる者に――彼らは低くされる――
2:13 高くそびえ立つレバノン杉のすべてに バシャンの樫の木のすべてに
2:14 高い山、そびえ立つ峰のすべてに
2:15 高い塔、堅固な城壁のすべてに
2:16 タルシシュの船と美しい小舟のすべてに。
2:17 その日には、誇る者は卑しめられ 傲慢な者は低くされ 主はただひとり、高く上げられる。

詩篇 119:65 主よ、あなたの御言葉のとおり あなたの僕に恵み深くお計らいください。
119:66 確かな判断力と知識をもつように わたしを教えてください。わたしはあなたの戒めを信じています。
119:67 わたしは迷い出て、ついに卑しめられました。今からは、あなたの仰せを守らせてください。
119:68 あなたは善なる方、すべてを善とする方。あなたの掟を教えてください。
119:69 傲慢な者は偽りの薬を塗ろうとしますが わたしは心を尽くしてあなたの命令を守ります。
119:70 彼らの心は脂肪に閉ざされています。わたしはあなたの律法を楽しみとします。
119:71 卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。
119:72 あなたの口から出る律法はわたしにとって 幾千の金銀にまさる恵みです。

テトス 1:1 神の僕、イエス・キリストの使徒パウロから――わたしが使徒とされたのは、神に選ばれた人々の信仰を助け、彼らを信心に一致する真理の認識に導くためです。
1:2 これは永遠の命の希望に基づくもので、偽ることのない神は、永遠の昔にこの命を約束してくださいました。
1:3 神は、定められた時に、宣教を通して御言葉を明らかにされました。わたしたちの救い主である神の命令によって、わたしはその宣教をゆだねられたのです。――
1:4 信仰を共にするまことの子テトスへ。父である神とわたしたちの救い主キリスト・イエスからの恵みと平和とがあるように。
1:5 あなたをクレタに残してきたのは、わたしが指示しておいたように、残っている仕事を整理し、町ごとに長老たちを立ててもらうためです。
1:6 長老は、非難される点がなく、一人の妻の夫であり、その子供たちも信者であって、放蕩を責められたり、不従順であったりしてはなりません。
1:7 監督は神から任命された管理者であるので、非難される点があってはならないのです。わがままでなく、すぐに怒らず、酒におぼれず、乱暴でなく、恥ずべき利益をむさぼらず、
1:8 かえって、客を親切にもてなし、善を愛し、分別があり、正しく、清く、自分を制し、
1:9 教えに適う信頼すべき言葉をしっかり守る人でなければなりません。そうでないと、健全な教えに従って勧めたり、反対者の主張を論破したりすることもできないでしょう。


この日曜に、新たに教会の長老として立てられた方とお会いする機会が与えられた。
使徒20章から、パウロがエフェソの長老たちに惜別のメッセージを語った箇所を読み、群れ全体に気を配る事を大事にするよう召されていることを分かち合った。

使徒20:28 どうか、あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊は、神が御子の血によって御自分のものとなさった神の教会の世話をさせるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。

説教の奉仕についても少しお話しをしたが、説教を聞かれる方々が慰められ、恵まれることを考えながら語ることを大事にしながら奉仕している旨を分かちあった。
自分はただの御言葉の奉仕者であって、何かひとかどの者であるからとか、立派な人だから選ばれたわけではなく、パウロの言葉を借りるなら「神に選ばれた人々の信仰を助け、彼らを信心に一致する真理の認識に導くため」奉仕をしてくものである。
でも、それが本当は幸いなことなのだ。
もちろん、足りないところを指摘されたり、批判されたりすれば、弱い人間だから傷つくこともあるし、褒めてもらいたいとは思わないけれども、多少は尊重はしていただけると、奉仕する側としても気持ちよく働くことができる。
奉仕する者、仕える者は、もちろん、人々のため、会衆の信仰が養われるために働くのであるが、神の御前に同じ人間であることを覚えつつ、互いに祈りつつ、歩んでいきたい。
新しく立てられた長老の方が、神と人とに仕え、働きが尊重され、用いられていきますように、これからも祈り続けていきたい。