エステル3章7~15節、詩篇13篇、使徒2章22~36節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エステル 3:9 もし御意にかないますなら、彼らの根絶を旨とする勅書を作りましょう。わたしは銀貨一万キカルを官吏たちに支払い、国庫に納めるようにいたします。」
3:10 王は指輪をはずし、ユダヤ人の迫害者、アガグ人ハメダタの子ハマンに渡して、
3:11 言った。「銀貨はお前に任せる。その民族はお前が思うようにしてよい。」
3:12 こうして第一の月の十三日に、王の書記官が召集され、総督、各州の長官、各民族の首長にあてて、ハマンの命ずるがままに勅書が書き記された。それは各州ごとにその州の文字で、各民族ごとにその民族の言語で、クセルクセス王の名によって書き記され、王の指輪で印を押してあった。
3:13 急使はこの勅書を全国に送り届け、第十二の月、すなわちアダルの月の十三日に、しかもその日のうちに、ユダヤ人は老若男女を問わず一人残らず滅ぼされ、殺され、絶滅させられ、その持ち物は没収されることとなった。
3:14 この勅書の写しは各州で国の定めとして全国民に公示され、人々はその日に備えた。
3:15 急使は王の命令を持って急いで出発し、要塞の町スサでもその定めが公布された。スサの都の混乱をよそに、王とハマンは酒を酌み交わしていた。

詩篇 138:1  ダビデの詩。 わたしは心を尽くして感謝し 神の御前でほめ歌をうたいます。
138:2 聖なる神殿に向かってひれ伏し あなたの慈しみとまことのゆえに 御名に感謝をささげます。その御名のすべてにまさって あなたは仰せを大いなるものとされました。
138:3 呼び求めるわたしに答え あなたは魂に力を与え 解き放ってくださいました。
138:4 地上の王は皆、あなたに感謝をささげます。あなたの口から出る仰せを彼らは聞きました。
138:5 主の道について彼らは歌うでしょう 主の大いなる栄光を。
138:6 主は高くいましても 低くされている者を見ておられます。遠くにいましても 傲慢な者を知っておられます。
138:7 わたしが苦難の中を歩いているときにも 敵の怒りに遭っているときにも わたしに命を得させてください。御手を遣わし、右の御手でお救いください。
138:8 主はわたしのために すべてを成し遂げてくださいます。主よ、あなたの慈しみが とこしえにありますように。御手の業をどうか放さないでください。

使徒 2:22 イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。
2:23 このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。
2:24 しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。
2:25 ダビデは、イエスについてこう言っています。『わたしは、いつも目の前に主を見ていた。主がわたしの右におられるので、わたしは決して動揺しない。
2:26 だから、わたしの心は楽しみ、舌は喜びたたえる。体も希望のうちに生きるであろう。
2:27 あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、あなたの聖なる者を朽ち果てるままにしておかれない。
2:28 あなたは、命に至る道をわたしに示し、御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる。』
2:29 兄弟たち、先祖ダビデについては、彼は死んで葬られ、その墓は今でもわたしたちのところにあると、はっきり言えます。
2:30 ダビデは預言者だったので、彼から生まれる子孫の一人をその王座に着かせると、神がはっきり誓ってくださったことを知っていました。
2:31 そして、キリストの復活について前もって知り、『彼は陰府に捨てておかれず、その体は朽ち果てることがない』と語りました。
2:32 神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。
2:33 それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。
2:34 ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。
2:35 わたしがあなたの敵をあなたの足台とするときまで。」』
2:36 だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」



人間において最も厄介なのは、妬みであろう。
妬みはやがて迫害へと進んでいく。
優れた能力のある人を妬み、攻撃したとて、自分の能力が高められるわけでもないのに、ただ受け入れられなくなるのだろう。
神に選ばれたイスラエルの民は、その祝福のゆえに、異邦の民からねたまれ、数々の迫害を被ってきた。
時にはジェノサイド(民族虐殺)といった悲惨な出来事を経験したこともある。
ところが、そんなイスラエルの民が、イエス様を妬み、そしてついには十字架にかけて殺してしまうのである。
しかし、皮肉な事に、イエス様のことを妬んで殺してしまったイスラエルの民の救いのためにも、イエス様の十字架の贖いの御業が行われているというのも事実であり、イエス様は、救われる者のために、その救われる民の手によって殺されたのだ。

詩篇118:22 家を建てる者の退けた石が 隅の親石となった。
118:23 これは主の御業 わたしたちの目には驚くべきこと。
118:24 今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び躍ろう。
118:25 どうか主よ、わたしたちに救いを。どうか主よ、わたしたちに栄えを。
118:26 祝福あれ、主の御名によって来る人に。わたしたちは主の家からあなたたちを祝福する。
118:27 主こそ神、わたしたちに光をお与えになる方。祭壇の角のところまで 祭りのいけにえを綱でひいて行け。
118:28 あなたはわたしの神、あなたに感謝をささげる。わたしの神よ、あなたをあがめる。
118:29 恵み深い主に感謝せよ。慈しみはとこしえに。

イエス様のことを信じられないような愚かな民のために、自らの命を犠牲に捧げられ、救いの恵みを実現して下さった主イエス様に感謝と賛美をあらわしたい。
そして、私たちのためにも、天の御国における永遠の住まいを備えて下さった主なる神様の救いの御業を覚えつつ、与えられた日々の歩みを進んで行きたいものである。