レビ記19章1~4,32~37節、詩篇25篇1~10節、ヨハネ3章16~21節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

レビ記 19:1 主はモーセに仰せになった。
19:2 イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。
19:3 父と母とを敬いなさい。わたしの安息日を守りなさい。わたしはあなたたちの神、主である。
19:4 偶像を仰いではならない。神々の偶像を鋳造してはならない。わたしはあなたたちの神、主である。
19:32 白髪の人の前では起立し、長老を尊び、あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。
19:33 寄留者があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。
19:34 あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である。
19:35 あなたたちは、不正な物差し、秤、升を用いてはならない。
19:36 正しい天秤、正しい重り、正しい升、正しい容器を用いなさい。わたしは、あなたたちをエジプトの国から導き出したあなたたちの神、主である。
19:37 わたしのすべての掟、すべての法を守り、それを行いなさい。わたしは主である。

詩篇 25:1  ダビデの詩。 主よ、わたしの魂はあなたを仰ぎ望み
25:2 わたしの神よ、あなたに依り頼みます。どうか、わたしが恥を受けることのないように 敵が誇ることのないようにしてください。
25:3 あなたに望みをおく者はだれも 決して恥を受けることはありません。いたずらに人を欺く者が恥を受けるのです。
25:4 主よ、あなたの道をわたしに示し あなたに従う道を教えてください。
25:5 あなたのまことにわたしを導いてください。教えてください あなたはわたしを救ってくださる神。絶えることなくあなたに望みをおいています。
25:6 主よ思い起こしてください あなたのとこしえの憐れみと慈しみを。
25:7 わたしの若いときの罪と背きは思い起こさず 慈しみ深く、御恵みのために 主よ、わたしを御心に留めてください。
25:8 主は恵み深く正しくいまし 罪人に道を示してくださいます。
25:9 裁きをして貧しい人を導き 主の道を貧しい人に教えてくださいます。
25:10 その契約と定めを守る人にとって 主の道はすべて、慈しみとまこと。

ヨハネ 3:16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
3:18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。
3:19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。
3:20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。
3:21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」


主なる神様は、私たちを救うために御子イエス様をお遣わしになり、あの十字架の御業によって、全ての罪を清め、神の子、聖なる者としてくださった。
しかしそれは、私たち自身が何か清い者に変化したわけではない。
さして成長をしているのでもない。
あいかわらず罪深いものである。
それが証拠に、神の戒めの言葉を聞いて、何が正しいことであるかということを知ったにも関わらず、あいかわらずそれらの戒めを守ることができていないし、あるいは他人に対して「あなたは神の戒めを守っていない」と言っては他者を裁くことさえやってしまいがちである。
他者を批判したりすることは「隣人を愛せよ」との戒めを犯していることに気づいていない人が意外に多いのではないだろうか。
イエス様は、世を裁くためではなく、救うために来られた、と聖書には語られている。
他人を簡単に批判するならば、それはもはやイエス様の御心に背くこと。
他人に対してとやかく言う前に、まずは己自身がいかに罪深いものであったか、それをどれほどの大きな犠牲を支払って神が愛し、救って下さったのかということを常に覚えていたいものである。