ダニエル12章1~4節、詩篇63篇2~9節、黙示録3章1~6節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ダニエル 12:1 その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで、苦難が続く 国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろう お前の民、あの書に記された人々は。
12:2 多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。
12:3 目覚めた人々は大空の光のように輝き 多くの者の救いとなった人々は とこしえに星と輝く。
12:4 ダニエルよ、終わりの時が来るまで、お前はこれらのことを秘め、この書を封じておきなさい。多くの者が動揺するであろう。そして、知識は増す。」

詩篇 63:2 神よ、あなたはわたしの神。わたしはあなたを捜し求め わたしの魂はあなたを渇き求めます。あなたを待って、わたしのからだは 乾ききった大地のように衰え 水のない地のように渇き果てています。
63:3 今、わたしは聖所であなたを仰ぎ望み あなたの力と栄えを見ています。
63:4 あなたの慈しみは命にもまさる恵み。わたしの唇はあなたをほめたたえます。
63:5 命のある限り、あなたをたたえ 手を高く上げ、御名によって祈ります。
63:6 わたしの魂は満ち足りました 乳と髄のもてなしを受けたように。わたしの唇は喜びの歌をうたい わたしの口は賛美の声をあげます。
63:7 床に就くときにも御名を唱え あなたへの祈りを口ずさんで夜を過ごします。
63:8 あなたは必ずわたしを助けてくださいます。あなたの翼の陰でわたしは喜び歌います。
63:9 わたしの魂はあなたに付き従い あなたは右の御手でわたしを支えてくださいます。

黙示録 3:1 サルディスにある教会の天使にこう書き送れ。『神の七つの霊と七つの星とを持っている方が、次のように言われる。「わたしはあなたの行いを知っている。あなたが生きているとは名ばかりで、実は死んでいる。
3:2 目を覚ませ。死にかけている残りの者たちを強めよ。わたしは、あなたの行いが、わたしの神の前に完全なものとは認めない。
3:3 だから、どのように受け、また聞いたか思い起こして、それを守り抜き、かつ悔い改めよ。もし、目を覚ましていないなら、わたしは盗人のように行くであろう。わたしがいつあなたのところへ行くか、あなたには決して分からない。
3:4 しかし、サルディスには、少数ながら衣を汚さなかった者たちがいる。彼らは、白い衣を着てわたしと共に歩くであろう。そうするにふさわしい者たちだからである。
3:5 勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。わたしは、彼の名を決して命の書から消すことはなく、彼の名を父の前と天使たちの前で公に言い表す。
3:6 耳ある者は、"霊"が諸教会に告げることを聞くがよい。」』



信仰に生きるということは、案外、むずかしいことである。
黙示録3章2節の箇所には「どのように受け、また聞いたか思い起こし、それを守り抜き、かつ悔い改め、そして、目を覚ましていなさい」と語られているが、私たちの行動が求められているようで、しかしその大元は「受けたもの」「聞いたこと」に基づいている。
そして、受けた恵みに生きる者として応答していくわけであるが、それでもなお、できないからこそ「悔い改めよ」とも語られているのであろう。
自分自身を見れば、ただただ絶望である。
しかし、十字架の主イエス様を見れば、そこに救いと平安がある。
これが真実である。
罪深い私と、その私の身代わりとして死んでよみがえられたイエス様による救われた私、この二つの私が私の中に同居して生きている。
それが信仰に生きる者の姿なのだろう。
互いに相いれない、両極端で全く異なる性質のものが同時に存在する。
神のなさる事、神が約束されたことは実に不思議であり、慰めに満ちている。