創世記14章17~24節、詩篇27編、フィリピ3章17~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記 14:17 アブラムがケドルラオメルとその味方の王たちを撃ち破って帰って来たとき、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷まで彼を出迎えた。
14:18 いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。
14:19 彼はアブラムを祝福して言った。「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように。
14:20 敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。
14:21 ソドムの王はアブラムに、「人はわたしにお返しください。しかし、財産はお取りください」と言ったが、
14:22 アブラムはソドムの王に言った。「わたしは、天地の造り主、いと高き神、主に手を上げて誓います。
14:23 あなたの物は、たとえ糸一筋、靴ひも一本でも、決していただきません。『アブラムを裕福にしたのは、このわたしだ』と、あなたに言われたくありません。
14:24 わたしは何も要りません。ただ、若い者たちが食べたものと、わたしと共に戦った人々、すなわち、アネルとエシュコルとマムレの分は別です。彼らには分け前を取らせてください。」

詩篇 27:1  ダビデの詩。 主はわたしの光、わたしの救い わたしは誰を恐れよう。主はわたしの命の砦 わたしは誰の前におののくことがあろう。
27:2 さいなむ者が迫り わたしの肉を食い尽くそうとするが わたしを苦しめるその敵こそ、かえって よろめき倒れるであろう。
27:3 彼らがわたしに対して陣を敷いても わたしの心は恐れない。わたしに向かって戦いを挑んで来ても わたしには確信がある。
27:4 ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り 主を仰ぎ望んで喜びを得 その宮で朝を迎えることを。
27:5 災いの日には必ず、主はわたしを仮庵にひそませ 幕屋の奥深くに隠してくださる。岩の上に立たせ
27:6 群がる敵の上に頭を高く上げさせてくださる。わたしは主の幕屋でいけにえをささげ、歓声をあげ 主に向かって賛美の歌をうたう。
27:7 主よ、呼び求めるわたしの声を聞き 憐れんで、わたしに答えてください。
27:8 心よ、主はお前に言われる 「わたしの顔を尋ね求めよ」と。主よ、わたしは御顔を尋ね求めます。
27:9 御顔を隠すことなく、怒ることなく あなたの僕を退けないでください。あなたはわたしの助け。救いの神よ、わたしを離れないでください 見捨てないでください。
27:10 父母はわたしを見捨てようとも 主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます。
27:11 主よ、あなたの道を示し 平らな道に導いてください。わたしを陥れようとする者がいるのです。
27:12 貪欲な敵にわたしを渡さないでください。偽りの証人、不法を言い広める者が わたしに逆らって立ちました。
27:13 わたしは信じます 命あるものの地で主の恵みを見ることを。
27:14 主を待ち望め 雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め。

フィリピ 3:17 兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい。また、あなたがたと同じように、わたしたちを模範として歩んでいる人々に目を向けなさい。
3:18 何度も言ってきたし、今また涙ながらに言いますが、キリストの十字架に敵対して歩んでいる者が多いのです。
3:19 彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。
3:20 しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。


ロシアのウクライナへの侵攻が続き、世界中の人たちが心を痛めている。
いったいロシアの指導者たちは、何を欲し、何を奪おうというのだろうか。
奪おうとする国や町を攻撃して、ただ廃墟と痛み悲しむ人々を増やしているだけである。
一方、ウクライナの人たちは、果敢に戦いを続けている。
愛する人を守るため、であろう。
国のためではなく、愛する人たちがそこにいるから、命をかけて戦っているのだろう。
ロシアの兵士たちは、国に命じられて戦わなければならないために士気が弱いのは当然であろう。
人が生きていくために、何が大切なことで、何が命をかけてまで守らなければならないものなのか。
イエス様が命がけで私たちを愛し、救おうとしてくださった事実から学ぶものでありたい。

ウクライナの人たちに一日も早い平和が訪れますように。