エレミヤ17章1~4節、詩篇1篇、ルカ11章24~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 17:1 ユダの罪は 心の板に、祭壇の角に 鉄のペンで書きつけられ ダイヤモンドのたがねで刻み込まれて
17:2 子孫に銘記させるものとなる。それらは彼らの祭壇であり、アシェラ像である。それらは、どの緑の木の下にも 高い丘、野の山の上にもある。
17:3 野から山に登る者よ。わたしはお前の富と宝を お前の聖なる高台での罪のゆえに 至るところで、敵が奪うにまかせる。
17:4 わたしが継がせた嗣業をお前は失う。また、お前を敵の奴隷とし お前の知らない国に行かせる。わたしの怒りによって火が点じられ とこしえに燃え続ける。

詩篇 1:1 いかに幸いなことか 神に逆らう者の計らいに従って歩まず 罪ある者の道にとどまらず 傲慢な者と共に座らず
1:2 主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人。
1:3 その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び 葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。
1:4 神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。
1:5 神に逆らう者は裁きに堪えず 罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。
1:6 神に従う人の道を主は知っていてくださる。神に逆らう者の道は滅びに至る。

ルカ 11:24 「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。
11:25 そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。
11:26 そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」
11:27 イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」
11:28 しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」



詩篇1篇の箇所には、神の教えを喜ぶものは、水路のそばに植えられた木のようであると語られ、時が来ると実を結ぶと語られている。
一方、神に逆らう人は、風に飛ばされるもみ殻のようだと表現されている。
どちらも同じ、実を結ぶ植物であり、人を生かすものであるはずである。
ただ一方は水や栄養を運んで実を結ばせるための木であり、他方はその実を食い漁ったあとの抜け殻である。
同じ植物でも、他者を生かそうとするものと、自分だけが生きようとするものとの違いを見て取ることができるだろう。
水路の側に植えられた木は、毎年のように実を結ぶだろう。
しかし、もみ殻は一度食べ終わったそれで終わり、次の年のことなど考えてもいない。
どちらが幸いであるか、一目瞭然ではないだろうか。
一見、華やかそうに見えて、この世の富や快楽を追い求めてみても、他者から略奪し、自分だけがよろこんだとして、そこに本当の幸いなどない。
けれど、周りの人が喜ぶ姿を見るために、持てるものを分け与えあい、共に生きようとするところには、互いに笑顔があり、幸いがある。
きっとイエス様も、そんな世界を望まれて、御自分の命をお与えになったのだろう。
水路の側に植えられた木が、水や養分を送り届けるように、イエス様から頂いたものを共に分け合っていけたらいいなと思う。