聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 2:4 ヤコブの家よ イスラエルの家のすべての部族よ 主の言葉を聞け。
 2:5 主はこう言われる。お前たちの先祖は わたしにどんなおちどがあったので 遠く離れて行ったのか。彼らは空しいものの後を追い 空しいものとなってしまった。
 2:6 彼らは尋ねもしなかった。「主はどこにおられるのか わたしたちをエジプトの地から上らせ あの荒野、荒涼とした、穴だらけの地 乾ききった、暗黒の地 だれひとりそこを通らず 人の住まない地に導かれた方は」と。
 2:7 わたしは、お前たちを実り豊かな地に導き 味の良い果物を食べさせた。ところが、お前たちはわたしの土地に入ると そこを汚し わたしが与えた土地を忌まわしいものに変えた。
 2:8 祭司たちも尋ねなかった。「主はどこにおられるのか」と。律法を教える人たちはわたしを理解せず 指導者たちはわたしに背き 預言者たちはバアルによって預言し 助けにならぬものの後を追った。
 2:9 それゆえ、わたしはお前たちを あらためて告発し また、お前たちの子孫と争うと 主は言われる。
 2:10 キティムの島々に渡って、尋ね ケダルに人を送って、よく調べさせ 果たして、こんなことがあったかどうか確かめよ。
 2:11 一体、どこの国が 神々を取り替えたことがあろうか しかも、神でないものと。ところが、わが民はおのが栄光を 助けにならぬものと取り替えた。
 2:12 天よ、驚け、このことを 大いに、震えおののけ、と主は言われる。
 2:13 まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて 無用の水溜めを掘った。水をためることのできない こわれた水溜めを。

詩篇 81:1  指揮者によって。ギティトに合わせて。アサフの詩。
 81:2 わたしたちの力の神に向かって喜び歌い ヤコブの神に向かって喜びの叫びをあげよ。
 81:3 ほめ歌を高くうたい、太鼓を打ち鳴らし 琴と竪琴を美しく奏でよ。
 81:4 角笛を吹き鳴らせ 新月、満月、わたしたちの祭りの日に。
 81:5 これはイスラエルに対する掟 ヤコブの神が命じられたこと。
 81:6 エジプトの地を攻められたとき ヨセフに授けられた定め。わたしは思いがけない言葉を聞くことになった。
 81:7 「わたしが、彼の肩の重荷を除き 籠を手から取り去る。
 81:8 わたしは苦難の中から呼び求めるあなたを救い 雷鳴に隠れてあなたに答え メリバの水のほとりであなたを試した。
 81:9 わたしの民よ、聞け、あなたに定めを授ける。イスラエルよ、わたしに聞き従え。
 81:10 あなたの中に異国の神があってはならない。あなたは異教の神にひれ伏してはならない。
 81:11 わたしが、あなたの神、主。あなたをエジプトの地から導き上った神。口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。
 81:12 しかし、わたしの民はわたしの声を聞かず イスラエルはわたしを求めなかった。
 81:13 わたしは頑な心の彼らを突き放し 思いのままに歩かせた。
 81:14 わたしの民がわたしに聞き従い イスラエルがわたしの道に歩む者であったなら
 81:15 わたしはたちどころに彼らの敵を屈服させ 彼らを苦しめる者の上に手を返すであろうに。」
 81:16 主を憎む者が主に屈服し この運命が永劫に続くように。
 81:17 主は民を最良の小麦で養ってくださる。「わたしは岩から蜜を滴らせて あなたを飽かせるであろう。」

ヨハネ 7:14 祭りも既に半ばになったころ、イエスは神殿の境内に上って行って、教え始められた。
 7:15 ユダヤ人たちが驚いて、「この人は、学問をしたわけでもないのに、どうして聖書をこんなによく知っているのだろう」と言うと、
 7:16 イエスは答えて言われた。「わたしの教えは、自分の教えではなく、わたしをお遣わしになった方の教えである。
 7:17 この方の御心を行おうとする者は、わたしの教えが神から出たものか、わたしが勝手に話しているのか、分かるはずである。
 7:18 自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり、その人には不義がない。
 7:19 モーセはあなたたちに律法を与えたではないか。ところが、あなたたちはだれもその律法を守らない。なぜ、わたしを殺そうとするのか。」
 7:20 群衆が答えた。「あなたは悪霊に取りつかれている。だれがあなたを殺そうというのか。」
 7:21 イエスは答えて言われた。「わたしが一つの業を行ったというので、あなたたちは皆驚いている。
 7:22 しかし、モーセはあなたたちに割礼を命じた。――もっとも、これはモーセからではなく、族長たちから始まったのだが――だから、あなたたちは安息日にも割礼を施している。
 7:23 モーセの律法を破らないようにと、人は安息日であっても割礼を受けるのに、わたしが安息日に全身をいやしたからといって腹を立てるのか。
 7:24 うわべだけで裁くのをやめ、正しい裁きをしなさい。」
 7:25 さて、エルサレムの人々の中には次のように言う者たちがいた。「これは、人々が殺そうとねらっている者ではないか。
 7:26 あんなに公然と話しているのに、何も言われない。議員たちは、この人がメシアだということを、本当に認めたのではなかろうか。
 7:27 しかし、わたしたちは、この人がどこの出身かを知っている。メシアが来られるときは、どこから来られるのか、だれも知らないはずだ。」
 7:28 すると、神殿の境内で教えていたイエスは、大声で言われた。「あなたたちはわたしのことを知っており、また、どこの出身かも知っている。わたしは自分勝手に来たのではない。わたしをお遣わしになった方は真実であるが、あなたたちはその方を知らない。
 7:29 わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」
 7:30 人々はイエスを捕らえようとしたが、手をかける者はいなかった。イエスの時はまだ来ていなかったからである。
 7:31 しかし、群衆の中にはイエスを信じる者が大勢いて、「メシアが来られても、この人よりも多くのしるしをなさるだろうか」と言った。

 7:37 祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。
 7:38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」
 7:39 イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている"霊"について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、"霊"がまだ降っていなかったからである。

 

 

 

人が生きていく上で、規範とするもの、何に習い、何に従って生きていくかといったことは、きわめて重要である。

誰もが自分の思っていることが正しいと考え、その考えを基準にして生きようとするが、その思いは果たして本当に正しいものなのだろうか。

先日、とある国の指導者が「敵が先に攻めてくるかもしれないと感じたので、攻撃される前に先に攻撃をした」といった旨の事を述べていたと報じられていた。

とんでもないことだ。

そんな言い訳が通用するなら、どこに国に対しても同様な言い掛かりをもって先制攻撃をすることができてしまう。

全ては自分の思いや自分の都合だけで大勢の人々が殺されるのだ。

なんとも恐ろしい。

けれど、程度の差こそあれ、人は誰もが同じようなことをしている。

自分の思いや自分の都合を優先させて、まるで己を神のごとく考え、好き勝手に生きている。

一人一人がそのことに気づき、悔い改めていく必要があるだろう。

自分の考えを改めていくことは簡単ではないが、本当に幸いなことを求めていくのならば、きっとそれは必要なことであり、大切なことなのだろう。

そのために、真の神のよびかける言葉に耳を傾けていきたい。