最近よく感じるのは、本当の自由は完全に主観的なもので、時間やお金や体の状態や環境とは、まったく関係ないということです。
自分の感情をコントロールできて、振りまわされなくなって、はじめて自由になれるということです。
自分の感情をコントロールできないということは、自分の感情に自分が隷属しているということなので、いつ暴走するか、いつ怒りがわいてきてのっとられるか、いつ悲しみ、寂しさが襲ってきて、自分をのっとられるか、わからない・・・
どんなに環境的に恵まれていても、それだけで自由を感じることはありません。
また、その反対にどんな環境も感謝に変えられれば、その人は完全なる自由を手に入れたことになります。
感謝ということは、その状況を受け入れて満足しているということなので、自由なのですね。
それは、なかなかむずかしいのですが、それ以外で自由になることはないと思われます。
さて、ではどうして人間は感情にとらわれるのか?
それは、自分を守ろうとするからです。
これがまた実に長い深い、肉体保存の本能なのです。
はたしてこれはなくすることはできるのか?
私はできると信じているので、その道で精進しています。
一人の人間にできるとすれば、ほかの人間にもできるはずです。
宗教的な言葉では、解脱という言葉を使います。
守護の神霊の援助と祈りで、感情や本能やもろもろの心の機能を超えること。
そうしてはじめて、自分自身からの自由、環境からの自由、本当の幸せがあると思います。
感情がわいてきたら祈りの中に投げ入れる・・・こういう気づきの単純作業ですが、積み重ねるとばかになりません。第二に習慣になります。
そういう生き方が、やがて来る地球の新しい文明を導いてゆくことになります。