祈りとは、肉体頭脳を駆け巡る想念に邪魔されず、本来の生命力が障りなく現われることをいいます。
しかし、その状態に到達するのは至難の業なのです。
そこで祈り言とか、称名とか、題目とか、呪文とか、マントラとか、真言といわれるスイッチを、開祖、教祖といわれる人たちが編み出しました。
それは彼らと神霊の世界との約束事で、エレベーターのような働きをします。
そこで、そのスイッチを入れさえすれば、光り輝いた世界を連れていかれるようになります。
私自身もたびたび経験しておりますので、まだ経験なさっていない方は実験してみてくださいませ。
以下「生命光り輝け」からです
” 祈りということは、自分の生命を宣り出すこと、生命の宣言ということなのです。「私の生命は神と一つである。神の生命なのである」という宣言が祈りなのです。自分の肉体頭脳が祈るのではなく、宇宙神にむかって、直霊分霊が「私はあなたと一つです」と宣言するのが祈りなのです。
私なんか祈ったって、ということは聖霊をけがすことで、一見、謙遜そうに見えるけれど、それは卑下慢心でかえって困ったものなのです。
肉体を動かしている生命と、宇宙に充満している生命との合体が祈りなのです。ですから、人類の平和を欲し、世界の平和を人間は欲するのです。お願いするのではなく、平和であるのだ、と宣言するのです。平和の祈りが宇宙神と一体となり、地球を覆う迷いを光で消すのです。
生命と生命がむすびつき、宇宙神と直霊―分霊とがむすびつくわけです。そして、神の力がそのまま流れ出てくるのです。ですから、本当の祈りは強いんです。”