自分の想いが変わればすべてが自然に変わってゆくわけですから、相手を批判する想い、責める想いを祈りに変えて、ただひたすら、相手のいいところばかりを観る習慣をつけることで、自ずと相手も変わってゆくと思います。
今回は、そういうお話です。
「自己中タイプ」自分勝手な人
「お恥かしい話ですが、うちの主人はまったく自分勝手な人で、自分の好きなことには平気でお金を遣うくせに、私たちのやること為すことには、いちいち干渉し難癖つけるんですよ、それにケチで細かいんです。今まで何度、別れようと思ったかわかりません。でも、子供たちにはまだ手が掛りますし、私も今更実家にも戻れないで、今日まで我慢してきたのです・・・。うちの主人の性格は、もう変るということはないのでしょうかね・・・。」
と、ご相談に来られた四十代半ばと思われる奥さんがいました。
先に例を上げた「自己中タイプ」のよい例です。ご主人の自分勝手な性格に思い悩んでこられた切ない気持はわかりますが、ご主人の魂から判断しても、とても宗教心に目覚めるような人でもありません。自分の性格を悪いとも思っていない人の性格が変るはずもありません。
だからそれに期待を持たないほうがよい、ということをお話しました。
「うーむ、やはり無理ですかね・・・。おっしゃる通りだと思いますが・・・。でも、どうしたらよいのでしょうかね・・・。」
と、当惑顔をなさっておりましたので、
「ご主人の自分勝手で、おまけにケチ、という性格は、もうあなたは何年も見てきているはずです。年を重ねてきて少しはよくなってきていますか・・・。そんなことはないでしょ。だったら、あなたがご主人の性格を、ご自分に都合のよいように変えようと、期待を持てばそれだけ失望も大きくなるでしょ。ですから、うちの主人はこういう人なんだ、と諦めてしまうことです。諦めるということは仕方がない、と問題を投げ出してしまうことではなく、現状を明らかに見るということです。自分勝手な生き方をして、周囲に迷惑をかけても平気でいられる人は、魂の幼い人なのです。また大人に成り切れていないところがあるのです。ですが、こういう人を結婚相手に選んだのは、あなた自身なのですよ。あなたの因縁生かそうさせたのです。たとしたら、余程深いご縁があったということです。夫婦となり、共に生活していくなかで、因縁生の浄化という使命を果たすと共に、体験のなかから何を学ぶか、ということが同時になされていくのです。
あなたは、ご主人の自分勝手で思い遣りの無い生き方から、何を学びましたか。あなた自身に学びがなく、たた相手の性格が嫌たからと拒否しているたけでは、あなたに成長はないし、嫌悪することによって、さらに因縁生を深める、ということをしてしまいます。相手を自分の都合のよいように変えようではなく、あなた自身が変っていくことが先です。そこで、ご主人のことはひとまず置いて、こうした状況のなかで、自分の生命を活かすにはどうしたらよいか、を真剣に考えてごらんなさい。あなたが自立できるなら、さっさとご主人に見切りをつけて、新しい人生に希望を見い出してゆくこと。たが経済的なことがあってそれもできないなら、何か仕事を探し、自立できるよう準備をしていく。それも無理なら、たとえご主人が自分勝手であろうと、現在生活ができているのですから、あなたがそのなかで生き甲斐を見い出してゆくことです。例えば、子供たちの成長に喜びを見い出し、そのためにもよき母親となること。何か趣味を持って、その道の人たちとの交流のなかで、見聞を広めていくこと。とにかくご主人に向けていたエネルギーを、善いほうに振り変えて、少しでも自分の生命が生きることをやるのです。ご主人との因縁生を浄化するためには、まず自分自身の因縁生を浄化しなければいけません。たから一つ一つ嫌なことや辛いことがあっても、それをすべて消えてゆく姿として、祈りに変え、ひたすら自分を磨き高めてゆくためのものと受けとって、自分の精進に変えてゆくのです。そうすれば、あなたにもっと生きる自信と強さが具わってきます。あなたがそう決断すれば、道は自ずから開かれてくるものです。そうなった時、あなたは夫や、子供や、周囲の状況に束縛されているように感じていたことが、実は、束縛していたのはあなた自身だったことに気づいてくると思います。こうしたことをよく考えて、あなたの生き方を検討してみてはいかがですか。」
生き方を変えてゆく選択肢は幾つもあります。そのどれを選ぶかはその人次第です。
或いは現状を歎いているだけで終ってしまう人もいます。
自己中心的な人というのは、意識が自分にしか向いていないので、自己保身には長けていますが、愛を他に分ち合う、つまり思い遣りには欠けます。それは魂が幼く、生長していないからです。悩んだり苦しんだり、辛く悲しい体験を積み重ねていくことによって、魂は成長していくのです。人様の苦しみ、悲しみが理解できるのは、自らが体験して、それが思い遣りという愛になっていくからです。ですから体験を生かすことが大事なのです。
「依存タイプ」なんでもおかあちゃん
奥さんの「依存タイプ」は、かわいげがあってご主人には赦せるところがありますが、奥さんにとっては頼るべき旦那が、まるきり頼りにならないでは困ったものです。
「お見合いの時に、優しそうな人だと思って結婚したのですが、私の旦那ときたらまったく頼りにならない人で、何でも私にやらせて責任あることは全部逃げてしまうんですよ。親戚付合いにしても、町内会のことにしても、男の人の出るべきところってあるじゃないですか。それも全部『俺は知らん、おかあちゃんやってくれ』と逃げてしまって、やろうとしないのですよ。男の人なんだから、もっとシャキっとしてもらいたいんですが・・・。無理なんでしょうかね・・・。」
「お仕事は? サラリーマンですか。」
「はい、会社勤めですが、仕事は真面目にやっているようですが、なんせ、そういう人ですからいつまでも平社員で、安月給取りですから、私もアルバイトをしています。子供もいますからね・・・。こんなはずではなかったんですがねー。」
結婚する前には、いろいろと夢を描いていたのでしょう。「こんなはずではなかった」という言葉に、夢の破れた悔しさと諦めが吐息に込められていました。
相談に来たからといって、旦那の性格が変るわけでもないのは、わかっているのでしょうが、誰かに愚痴をこぼせば、いくらか気持も楽になるかもしれません。
「あなたのご主人は優しい人なのですが、気が弱いのです。自分に自信がないから物事に消極的になるのです。それに、ご主人の魂はあなたの魂と比べると幼いのです。ですからあなたに依存する形になります。あなたにとって彼は、物足りない存在であり、時にはいらいらすることもあるでしょう。あなたが彼に任せておけないのでつい自分でやってしまう。彼はますますそれをよいことに、あなたに依存して、何かあるとあなたの蔭に隠れてしまう。自主性の無い大きな子供です。でも、自分の好き勝手な遊びをするわけでもないし、真面目に働いているだけでも善しとして、感謝をしなければいけませんよ。そういう依存タイプの人のなかには、リストラをいいことに、生活まで奥さんに依存してしまう人がいますからね。それを奥さんが強く非難すると、働けない理由づけのために病気をつくってしまう人もいるのです。『あなたは男のくせになんですか、もう少し確りしてくださいよ』などと責めたりすると、ますます自分の殻のなかに入ってしまうかもしれません。子供と同じで、自主性を持たせるために、良いところを見てはさり気なく誉め、やるべきことはやらせないといけません。恐らく子供の時に過保護な育ち方をしているのだと思いますよ。嫌なものは誰かがやってくれる、で通ってきたのです。そして今あなたが親代りなのです。過保護は親のエゴです。子供がかわいい、かわいいで、子供に苦労させないようにと、子供がやらねばならぬことまで全部親がやってしまい、子供の体験のチャンスを奪い、自主性をなくすように育ててしまったのです。だから過保護に育った人は愛情不足になるのです。
こうした旦那を待ったのも何かのご縁というように、因縁生によるのですから、あなたはご主人を一人前に育てるつもりで、ご主人に対応していったらどうでしよう。」