人間は、自分の中に未熟なものがあると、どうしてもその未熟さを見せてくれる鏡となる存在を、無意識に求めているものなのでしょう。
それが、人間的にも社会的にも、安定していて、将来性のある異性を回避して、わざわざ苦労が予見される相手を選んでしまうのかもしれません。
自分勝手な愛
例えば、ハナコとタロウが縁あって愛し合ったとします。二人の魂がまだ幼い(容れ物でいえば小さい器)、だから、ハナコの心はタロウのことでいっぱいに占領されます。勿論タロウも同じです。二人の人生はばら色です。ここまでは純愛物語です。
ところがあるパーティーで、タロウが友人からミツコを紹介され、ミツコの新鮮な魅力にタロウは心ひかれます。ミツコもまた、タロウが好きになります。
タロウはハナコには悪いと思いながらミツコと交際をはじめ、ミツコを自分の中に受け入れてゆくためには、ハナコをその分、心の中から追い出さなければなりません。
こうして、タロウの心にミツコの占める部分が多くなるだけ、ハナコはタロウの心から押し出されてゆき、やがて完全に締め出されます。ハナコはまだタロウに未練があり、捨てられた悔しさと、恋を失った悔しさに恨み嘆きます。
これが若い独身者同志であれば、よくある失恋物語の一つで、子供をつくらぬ限り、さしたる問題とはならず、また次の恋愛相手を求める、ということになります。
ところが、これが、お互いに既婚者同志であったり、片方が家庭を持っている場合、いわゆる不倫の愛ということになりますから、当事者だけの問題では済まなくなってきます。それも良識ある人なら当然、罪の意識もあり、自制心も働き、それだけ苦悩も生じます。
しかし、人を愛するという感情は理性では推し測れるものではありません。相手との深い縁がなければ起きません。ですから、その人が、その愛にどれだけ誠意をもって取り組んでいくかによって、その人の愛をより大きく成長させていくことはできます。真実人を愛するということは、自己の魂の成長にとって、とても大事な、素晴しい体験なのです。
ところが、魂が幼いために、自我欲望のままに突っ走って、しゃにむに相手を自分のものにしようという、自分勝手な愛(これは愛とはいえませんが)であった場合、それは当然、他者に対する悲劇を生むことになり、自らも不幸の因をつくることになってしまいます。
例7 同じ会社の上司です・・・
「この人って、どういう男性なんでしょうか・・・。」
と言って、一枚の写真を持って、二七・八歳と思われる女性が相談に来ました。
言葉遣いにも、ちょっと幼さを感じさせるものがあります。
「この人どういう人って、あなたとどんな関係にあるの。」
と聞きますと、
「私の彼氏です。」
「その彼がどうかしたの・・・。」
「ええー、なんだかこの頃、彼の言うことが信じられなくなってきたんです・・・。
何故って、彼って、私と結婚する、結婚する、と言っておきながら、なかなか奥さんと別れようとしないし・・・。」
「ちよっと待って・・・。
じゃあー彼には奥さんがいるってこと。」
「はい、そうです。」
と、別に悪怯れた様子もなく、当然のような顔をしています。
「あなたは、奥さんのある彼を好きになったんだね。それで彼は幾つ、子供はいるの。」
と、私のたたみかける質問に、彼女は、
「ええーと、彼は今三六歳です。そして子供は二人いるって聞いてます。私は彼のことが好きなんですけど
「彼とおつきあいしてどのくらい。」
「もう・・・三年かな・・・同じ会社の上司なんですが・・・。」
「そう・・・。あなたは彼と結婚できると思っているの。」
「えつ! できないんですか・・・。じゃあーこの彼、私に嘘ついてんですか。」
「あなたは初めから、この男性に奥さんがいると知っててつきあってきたの。」
「はい、同じ会社ですから。そのことは知っていました。でも彼が・・・。」
「あなたに、自分の奥さんとの仲がうまくいっていない。奥さんが自分に対して冷たい、とか、なんとか、同情を買うようなことを言ったんでしょう。」
「ええー、なんでー、そうなんです。飲みにゆこうと誘われた時、そんな話を聞いて、なんだかちょっとかわいそうになって、その後も・・・。」
「あなたはね、彼に騙されているんですよ。」
「そんなー・・・。」
「彼は奥さんと別れる気もないし、また別れても、奥さんや子供に対する慰謝料や養育費も払えるだけの力はない。自分達夫婦の不仲をべらべら喋って、女の同情を買い、そのひとを自分のものにしようとする、これは男の女を口説く一つの手口ですよ。
彼は自分本位な性格の人ですよ。だいいち、あなたがもし、彼と一緒になれたとして、彼の奥さんや、子供たちから彼を奪うわけだから、そのことに対してあなたはどう思っているの。」
「それは、悪いとは思うけど、でも、私たちは愛し合っているんだから・・・。」
「愛しているからなんでも許される、と思ったら間違いですよ。他を押し退けても好きな物は自分のものにする、ということは、自己中心的な行為であって、愛とはいえないでしょ。 愛するということは、相手と一つになってゆくことで、お互いの生命を生かし合えるものでなければ、愛とは言えないのです。肉体を求め合うだけのものであったら、彼があなたに倦きたら簡単に捨てますよ。・・・。」
あなたが、彼ってどういう人、と私に聞きにきたのは、彼の一片動に疑問を感じているからでしょ。これをよい体験として、あなたはもっと、男性を見る目を養わなければいけませんね。」
彼女にとっては、私の言葉は厳しかったかもしれませんが、彼の性格的なものや、彼女の幼さから見て、この関係を続けていったら、彼女の不幸が口に見えていますので、目を醒させようと思ったからです。が、果して彼女はどのくらいわかったことでしょうか。
例8 自らの愚かさが家庭崩壊を・・・
次の例は、AとBの二組の夫婦がいました。両家は友人として、それほど深い交際はしていなかったのですが、両夫婦に共通するものは、夫婦仲が悪く、夫婦としての世間体を保っている程度、といった状態でした。
その不満の捌口を慰め合うような形で、いつの間にかAの夫とBの奥さんが、不倫の関係になってしまいました。初めはお互いに秘められた愛ということで、それがかえって刺激的でわくわくと、生甲斐を感じていたかもしれませんが、女性が妊娠したことから、一
挙に自我が剥き出しとなって、醜い争いになってしまいました。
彼は子供をおろせと言い、彼女はおろさねばならぬことは百も承知なのですが、彼に騙されたと言って、法外な金銭を要求しました。開き直った彼は、あろうことか相手を家裁に提訴してしまったのです。
もうこうなりますと、二人だけの秘め事では済まなくなり、お互いに自分の都合のいいように言い繕い、相手を誹謗するでしょうから、家裁で決着がつくとも思えません。それに、そのことを知ったBの大は、奥さんの浮気を理由に離婚を強要してきました。勿論慰
謝料など払う気はありません。またAの奥さんもチャンスとばかり、多額の慰謝料を要求して、離婚を迫ってきました。夫がその要求をのまなければ、裁判も辞さない覚悟です。
自己保身と欲のために、目先のことに囚われ、家庭崩壊を自ら招いてしまった愚かさ、本人たちは自ら選んだ道ですから仕方ないとしても、大きな犠牲を強いられるのは子供たちです。
身内の方から相談を受けたのですが、どうしようもありません。もうこうなると、ゆきつくところまでゆくしかありません。不幸を背負い、苦労の果に、自らの愚かさに気がつくことでしょう。
この二人の場合、愛などはじめから存在しなかったのです。