祈りとはお願い事ではありません。
それは自我の放棄、神にひとたび命をお返しして頂きなおすこと。
以下は「聖なる世界へ」のよりの抜粋です。
”肉体人間として生きている自己の生命は、神の大生命の分生命なのだから、常に大生命からの智慧能力をいただきながら、天命を完うしてゆかねばなりません。そのためには、肉体人間として肉体生活に執着しているために起る、様々の想念を常に消し去っておかねばならぬ、そこで、神様のみ心の中で、そういう想いを消していただこう、神様との一体化を祈りつづけよう、というような生き方をしてゆくことがよい、と私はいうのであります。人間は肉体人間としての無力感を感じることが当然なので、肉体人間では何事もなし得ない、という想いをはっきり表面に意識して、改めて、人間を生み育てていて下さる、大きな力に真向ってみるとよいのです。
一度肉体人間の能力の限界をはっきり認識しないと、どうしても、我の力みになって、自己の運命を損い、人類全体のマイナスをつくり出していってしまうのです。ですから昔から宗教的言葉としていわれているように、自我を放棄し、全託の気持になることが第一なのですが、それがなかなかできにくい。そこで必要になってくるのが、日々のたゆみない祈りの生活ということになるので あります