老子と世界平和の祈り | tablaboyの道日記

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祈りによる世界平和運動、祈り研究をライフワークとし、音楽、散歩が趣味です。音楽に関する記事、スピリチュアリティーに関する記事、祈りに関する記事、随時アップしてゆきますので、楽しんでください(^^♪ 世界人類が平和でありますように

“私など、霊的にいつも老子と一緒にいるのですが、老子の光のひびきの烈しさと云おうか、強さと云おうか、一瞬にして、如何なる業想念をも打ち破ってしま う、その光明波動には、只々敬意を表しているばかりでありまして、文字に現わ し、言葉に現わしていることのもどかしささえ感じているのです。
大象を執りて天下を往けば、というこの章の始めの言葉のように、老子はまさに大象なのであります。老子は大象の中から地球界の救済に現われ、これと思う 人々を大象の中に引きいれて、その人々を大象そのものとして仕立上げようとしているのです。私などもその一人として、光明波動の老子が私の霊体に合体して きて、肉体身の方の私までもそのまま大象の中にひき入れてしまったのでありま す。老子合体のその時から、神界の私も、肉体界の私も、全く大象の中の働きと して、何等の差異もなくなって、この地球世界を、光明遍照の世界に高めあげる大神業を成し遂げる為の働きをつづけているわけなのであります
神界の自分と肉体界の自分とが全く一つになって働き出す時、その人の力は偉 大な働きとなって現われるのです。そうした神我一体の人を創りあげてくれるの が、老子であり、釈尊であり、イエスであり、各守護の神霊の方々なのでありま す。皆さんは、老子が昔の昔中国にいた聖者であった、という想いを捨てなければなりません。老子は今救世の大光明の中で、その烈しい強い光明波動を皆さんの一人一人に送りこんでいるのであります。老子は生き生きと生きているのです。大道の中心に立って、房々とした白光の白髪をなびかせて、皆さんの心の中をじっと見つめているのであります。”


“私は老子の光明体をしっかり私の中に同化させています。老子の教えの無為の道を、はっきり自己のものとした人は、誰も老子の光明体と一つになっているのです。もっとつっこんで言えば、老子をも含めた大光明波動の中で生きていることになるのです。老子は無為の人であり、大調和の人であります。それはそのまま、この世の平和達成の為の先人であります。その老子が光明体となって、私共の世界平和の祈りの運動の中で、その光明力を発揮させているのです。
私共が世界平和の祈りを祈る時には、そうした老子の光明力をも含めた、人類救済の為に働いて来られた、諸神善霊の大光明力が、地球隅なく放射されるのであります。
世界平和の祈りをする私たち肉体身は、大光明波動を地球人類に放射する、一つ一つの場となっているのです。老子のいう無為、釈尊の説く空の境地には急速になり得ぬ人々も、世界平和の祈り言によって、大光明波動の器となることは容易なのであります。こうした容易な祈りの運動が、人類の波動調整の役目となり、暗い誤った人類の波動を光明波動で浄め去ってゆき、大宇宙法則に人類の心を乗せてゆこうとしているのです。道にしっかりと乗せてゆく、そういう道筋を世界平和の祈りがつけてゆくのであります。一人一人の人が、自己の修業で、空になり、無為になってゆくのは大変なことであり、急速にできることではないのは、誰しもが思うことであります。
無為ヘの道、空への道に至る、そういう道筋をはっきりつけて、しかも容易に行きつかせるそういう方法が無ければ、この地球人類は到底救われるわけにはゆかないのです。老子が現代に肉身として存在したら、やはり私と同じことを考え、同じような祈りの道を発見したことは間違いありません。何故ならば、私の発見した世界平和の祈りの道に、老子は天界から天降ってきて、私の大きな力となってくれていることからしても言えることなのです。”

上記は五井昌久師の「老子講義」の一節ですが、老子がこの祈りの中で生き生きと働き、その強力な光を祈る人を通して地球世界に投げかけているのがよく分かると思います。
   参考まで

老子の話
たのしんでください(*^。^*)