めちゃくちゃ久し振りに音楽を紹介します。
今回はジャンルと言うよりアーティストを紹介します。
理由は最後まで読んで頂ければ分かります。
さてそのアーティストとは『細野晴臣』です。
多分、音楽をやっている人や音楽好きな人はご存知かと
思いますが、意外に知られていないかと思います。
細野晴臣の名前を一躍有名にしたのは、1978年に結成した
『YMO』です。
『YMO』と言うと、坂本龍一がまず頭に浮かぶかと思いますが、
実は声を掛けたのは細野晴臣で、スタジオ等で面識のあった
坂本龍一、高橋幸宏にエレクトリックミュージックという
新しい音楽へのアプローチを目指して結成されたのです。
元祖テクノと言うとドイツの『Kraftwerk』が有名ですが、
民族音楽等の独特のグルーブ感をコンピューターで再現し、
ある種音楽を研究し、プログラミングする事によって、
コンピューターを楽器、あるいは楽器をコンピューターに
見立てる事で、音楽の可能性を追求したのが『YMO』です。
今でこそDTMという環境は当たり前ですが、当時はあくまで
生楽器、つまりは演奏するのは人間(プレーヤー)だったのです。
それ(リズムやベースライン等楽曲の基礎)を解体して
再構築する事によって、音楽というものの概念が大きく変わりました。
それは単に、コンピューターが自動演奏するという事ではありません。
人とコンピューター、音楽が能動的に絡み合い、それぞれが
組み合わさる事によって全く新しい音楽が生まれたのです。
そんな『YMO』は1983年に解散します。
理由については諸説ある為割愛しますが、たったの5年間で彼らが
築きあげたものはあまりにも大きなものでした。
『YMO』と言うのは楽曲もさる事ながら、音楽へのアプローチの
仕方そのものが、実に画期的であったと思います。
今のテクノミュージックに関わらず、スタジオ環境、編集等
全ての音楽に多大なる影響を与えたのは言うまでもありません。
駆け足で『YMO』の足跡を辿りましたが、今回紹介したいのは
『細野晴臣』です。
何故彼を紹介したいかと言うと、『細野晴臣』という音楽家の
懐の深さを是非とも知って頂きたいからです。
↑でも書きましたが、どうも『YMO』と言うと坂本龍一に
フォーカスがあたり気味ですが、実は『YMO』の基盤を支えていたのは
言うまでも無く『細野晴臣』です。
(別に坂本龍一を否定している訳ではありません)
彼のバックボーンはあまりにも広く奥深い。
恐らく知らない音楽は無いんだと思う。
クラシックからポップミュージック(実際に松田聖子の楽曲も手掛けてる)
民族音楽等、私が知っている限りの音楽のトップを走り続けている。
(彼が監修した民族音楽の6枚組のBOXセットは秀逸である)
『YMO』以前は、はっぴいえんど、ティン・パン・アレーを結成し、
ソロワークでは、特にワールドミュージック、アンビエントの世界を
追求していった。
アンビエントの祖、ブライアン・イーノを凌ぐ傑作を残している。
(彼の消費社会に対する一つの答えであると思う)
本当に音楽そのものと言える程、多方面の音楽に優れた音楽家ではあるが、多くの作品の中でも一番好きな作品があるので是非とも聴いて欲しい。
『MIX FORM』
2004年に発表された本作は、『SILICOM』の青木孝允を始め、
現在のElectronicaの第一線で活躍しているアーティストの作品の
リミックス集ですが、原作とは違った側面を描いている。
この違った側面こそが、『細野晴臣』である。
殊サイクルが早いテクノミュージックに於いて、65歳になる音楽家が
尚も、新しい世界を切り開いている事に尊敬の念を抱かずにはいられない。
※しんどいので本文のみとしますが、近日中に作品アップします。
(復帰戦と思って温かい目で見守って下さい)
今回はジャンルと言うよりアーティストを紹介します。
理由は最後まで読んで頂ければ分かります。
さてそのアーティストとは『細野晴臣』です。
多分、音楽をやっている人や音楽好きな人はご存知かと
思いますが、意外に知られていないかと思います。
細野晴臣の名前を一躍有名にしたのは、1978年に結成した
『YMO』です。
『YMO』と言うと、坂本龍一がまず頭に浮かぶかと思いますが、
実は声を掛けたのは細野晴臣で、スタジオ等で面識のあった
坂本龍一、高橋幸宏にエレクトリックミュージックという
新しい音楽へのアプローチを目指して結成されたのです。
元祖テクノと言うとドイツの『Kraftwerk』が有名ですが、
民族音楽等の独特のグルーブ感をコンピューターで再現し、
ある種音楽を研究し、プログラミングする事によって、
コンピューターを楽器、あるいは楽器をコンピューターに
見立てる事で、音楽の可能性を追求したのが『YMO』です。
今でこそDTMという環境は当たり前ですが、当時はあくまで
生楽器、つまりは演奏するのは人間(プレーヤー)だったのです。
それ(リズムやベースライン等楽曲の基礎)を解体して
再構築する事によって、音楽というものの概念が大きく変わりました。
それは単に、コンピューターが自動演奏するという事ではありません。
人とコンピューター、音楽が能動的に絡み合い、それぞれが
組み合わさる事によって全く新しい音楽が生まれたのです。
そんな『YMO』は1983年に解散します。
理由については諸説ある為割愛しますが、たったの5年間で彼らが
築きあげたものはあまりにも大きなものでした。
『YMO』と言うのは楽曲もさる事ながら、音楽へのアプローチの
仕方そのものが、実に画期的であったと思います。
今のテクノミュージックに関わらず、スタジオ環境、編集等
全ての音楽に多大なる影響を与えたのは言うまでもありません。
駆け足で『YMO』の足跡を辿りましたが、今回紹介したいのは
『細野晴臣』です。
何故彼を紹介したいかと言うと、『細野晴臣』という音楽家の
懐の深さを是非とも知って頂きたいからです。
↑でも書きましたが、どうも『YMO』と言うと坂本龍一に
フォーカスがあたり気味ですが、実は『YMO』の基盤を支えていたのは
言うまでも無く『細野晴臣』です。
(別に坂本龍一を否定している訳ではありません)
彼のバックボーンはあまりにも広く奥深い。
恐らく知らない音楽は無いんだと思う。
クラシックからポップミュージック(実際に松田聖子の楽曲も手掛けてる)
民族音楽等、私が知っている限りの音楽のトップを走り続けている。
(彼が監修した民族音楽の6枚組のBOXセットは秀逸である)
『YMO』以前は、はっぴいえんど、ティン・パン・アレーを結成し、
ソロワークでは、特にワールドミュージック、アンビエントの世界を
追求していった。
アンビエントの祖、ブライアン・イーノを凌ぐ傑作を残している。
(彼の消費社会に対する一つの答えであると思う)
本当に音楽そのものと言える程、多方面の音楽に優れた音楽家ではあるが、多くの作品の中でも一番好きな作品があるので是非とも聴いて欲しい。
『MIX FORM』
2004年に発表された本作は、『SILICOM』の青木孝允を始め、
現在のElectronicaの第一線で活躍しているアーティストの作品の
リミックス集ですが、原作とは違った側面を描いている。
この違った側面こそが、『細野晴臣』である。
殊サイクルが早いテクノミュージックに於いて、65歳になる音楽家が
尚も、新しい世界を切り開いている事に尊敬の念を抱かずにはいられない。
※しんどいので本文のみとしますが、近日中に作品アップします。
(復帰戦と思って温かい目で見守って下さい)