やけに綺麗なテーブルクロス。

もはや中国の生活に完全に馴染んだ私には、
どうもこの嘘っぽい清潔さや、欧米観光客向けのビュッフェ形式の
朝食には違和感を感じる。

もちろんそこに中国人旅行客の姿は無い。
別に現地人気取りや、外国人観光客のアンチというつもりではないのだけれど、結果としてこういうホテルがこの土地に作られてしまった事に少なからずショックを受ける。

料理から食後のコーヒーまで、何とも味気の無いものだった。
それは昨夜から私の思考回路を支配する空虚さに似ていた。

父親はコーヒーカップから視線を上げて私の顔を真っ直ぐに
見据えると、突然口を開いた。
『私は君のサポートをするだけだ。君は何にも気にせず
話したい事を好きなだけ話せば良い』

私は虚を突かれてぽかんと口を開いて父親の顔をただ眺めていた。
てっきり父親が私に代わって話し合いに臨むものだと思っていたからだ。
しかし、この話し合いが今後の私の事故に対する解釈を決定付ける
大切なものになる事を私以上に父親は分かっていたのだ。
だからこの言葉はとても嬉しかったし、一切の妥協のない話を
するんだという決意を固めた瞬間だった。

私は怒っていた。私は疑っていた。私は知りたかった。
言いたい事、聞きたい事は山ほどあった。


正午。
私達は別のホテルに向かった。
エントランスで線の細い男に『○○様ですか?』と
流暢な日本語で聞かれ、『はい』と答えると
男は簡単な自己紹介を始めた。
彼が今回の話し合いの通訳なのだ。

通訳はロビーの横の、吹き抜けのある広いカフェに案内した。
カフェの中央にある大きなテーブルには、
仕立ての良いスーツに身を固めたいかにも要人らしい
人達が談笑をしていて、通訳が彼らに私達を紹介すると、
彼らは立ち上がり一人一人名詞を差し出しながら
簡単な挨拶を交わした。
彼らはもちろんバス会社と政府の責任者達だった。
挨拶を終えると、黒いベストを着たボーイが現れ、
適度なスピードで私達の前を歩きホテル内のレストランまで案内した。

レストランはどこまでも広く、客は一人もいなかった。
中央の大きな円卓にナプキンが綺麗に並べられていて、
どうやらそこが私達の為に用意された席だった。
ボーイは全員の着席を確認すると、やはり黒いベストを着た
別のボーイに無駄の無い実に簡潔な合図を送ると、
たちまちテーブルの上は高級な中華料理で埋め尽くされた。

細い銀縁の眼鏡をかけた男が料理が揃った事をボーイに確認すると
立ち上がり、満面の笑みではっきりと『乾杯』と言うと、
周りの者達も続いて、会食が始まった。

私は若干20歳ながらも、その乾杯の言葉に反応し、驚いた顔で
横に座っている父親の顔を見つめると、父親はまあいいじゃないか、
といった表情で受け流し、私に料理を取ってくれた。

会食は終始楽しい雰囲気で進み、通訳までもが楽しんでいる様子だった。
そこには『事故』の要素は一切含まれていなかった。

そんな会食が終わると、また例のボーイがやってきて、
やはり首尾良く私達を会議室に案内した。

会議室は実用性が優先された、実に機能的なつくりになっていた。
中央に横長の大きなテーブルが置かれていて、
中国政府とバス会社の責任者と私達が対面するようになっていた。
またプレゼンテーション用にスクリーンとプロジェクターが
天井にそれぞれ設置され、大型のモニターも吊られている。
ホワイトボードが丁度テーブルの端に置かれていて、
高級な調度品や最新の設備が並ぶ中にあって、唯一それだけが
完全に空間の調和を乱していた。
恐らく今回の話し合いの為に用意されたのではないかと思う。

例のボーイはそれぞれの席を案内すると、頭を軽く下げ、
丁寧に扉を閉めると足音も無く去っていった。
彼は実にきちんと自分の役割を理解しそれをこなしていた。
皮肉にも一流のホテルの一流のボーイなのである。


さて話し合いの始まりである。

話し合いはバス会社の社長の話から始まったが、
その最初の一言で私の怒りはピークに達した。

続く。