塊は居心地の悪さを露にした。

病室に戻るまでの廊下で、
『その涙は何だ!?自分が助かればそれで良いのか?』と、
強く声を荒げていた。

そう、一切外部との接触が断たれた状況の中で、
塊は情報を求めていた。

集中治療室での3日間。
淡々と、数字や波形を描くモニターを見ながら塊は、
あの事故で一体何が起き、乗客はどうなったんだろう?
と、思考の先は常にそこに向けられていたのだ。

しかし点滴を変えに来る看護婦や、体中に貼り付けられた
プラグが刻んだデータと塊の体の状態を照合する為に来た医師に
幾らその答えを求めても、彼らは申し合わせたように
『今は自分の体の事だけを考えなさい』
と、言うにとどまった。

それが何を意味するのかという苛立ちを塊は感じ続けていた。

『事実の隠蔽』

それが塊の思考を支配した。
実際、一般病棟に移ってから、お見舞いに来てくれた
友達との会話の中で、その質問は繰り返された。
しかし、上記同様、彼らは答えをはぐらかしたり、沈黙を守った。

『この事故の裏には何かがある…』
と、塊は情報の隠蔽や、事実のすり替えの疑いを一層高めていたのだ。

そこにあっての自我の目覚めである。

塊はその存在を大きく訴えていた。


全ての意味での私はその二つのアイデンティティの葛藤に、
あるいはせめぎ合いに、混乱していた。

しかしその二人は紛れも無い私であり、
どちらもしっかりとしたアイデンティティと強さを持っていた。

病室に戻った私は、当然の権利として、また被害者の代表として
事故の全貌を知り伝えるのだという意思を確固たるものにしていた。

ここから、いや、あのバスに乗車した瞬間から
私とバス会社、中国政府との闘いは始まっていたのだ。

続く。