何度も横を通り過ぎていった塊の前に、
ヘッドライトを煌々と照らした一台の車が止まった。

塊は完全にその車が停止した事を確認すると、
そろそろと運転席に近付く。

運転席のウインドウが静かにおりる。
細い銀縁の眼鏡を掛けた女性が姿を現す。

つたない中国語と筆談で必死にその運転手に
事の顛末を伝える。

彼女は冷静に私の話を聞き、確認の言葉を添えると、
鞄の中から携帯電話を取り出し、警察に電話をする。
とても簡潔に、その状況を伝え終わると、携帯電話を鞄にしまい
助手席に乗るようにと、ドアを開けてくれる。

彼女はとても優しく私を迎えてくれる。
『今、警察に電話した。すぐ来るから何も心配する事は無い』

しかし塊はその束の間の安心を許さない。
まだ何も解決していないと、体と心を結ぶ緊張の糸を引っ張る。

二つの目はしっかりと車のライトが照らすその先を見据え、
感情は一切の起伏を示さなかった。
塊はいたって冷静を保つ。

彼女はその私の様子に言葉にこそしなかったが、
少なからず感情の揺れを車内に響かせていた。
『これが落下事故の崖から這い上がってきた者が示す反応だろうか?』と。

それはそのまま私の表層の感情を刺激する。
これが地獄の底から這い上がり、取り敢えずの安心を手に入れた
者が示す反応だろうかと。

そう、塊はどこまでもドライで、現実的な解決を求めていた。
バスに乗車した全ての乗客の安全。

やや間をおいて、けたたましいサイレンと派手な警光灯を鳴らした
パトカーがやってきた。
警官はパトカーを降りると、車に近付いてきて
私を車の外に連れ出し、煌々と暗闇を破るヘッドライトで
つま先から頭のてっぺんまで検分する。

着衣に若干の汚れや破れこそあったが、私の容態の無事を確認すると
『事故現場まで誘導してくれ』とパトカーの助手席のドアを開ける。

私は警察を呼んでくれた女性にお礼を言うとパトカーに乗り込む。

パトカーはサイレンと警光灯を消すと、
どこまでも続く細い山道を進んで行く。

続く。