崖を登る事は困難を極めた。

およそ空に向かって真っ直ぐそびえ立つ
大きな壁は、簡単に登る事を許さない。

それでも塊は登る事を諦めない。
諦めないどころか、殊更冷静に上を目指す。

肉体としてではなく、自己としての私は、
そんなもう一つの自己を恐れていた。

言うまでも無くあの惨劇に一切動じる事無く、淡々と今すべき事を模索し、何より、助けを求める人を、事も無く置き去りにしたからである。

勿論、それは無視したのでは無く、最善を期す為にした行動であったが、少なくともそれを、ほんの数秒で判断した事は私にとってショックであった。

そして何より恐ろしかったのは、そんなもう一つの自己を冷静に眺めている本当の自己の存在であった。

少しも動じていない。
何で私はあの惨劇の直後、恐怖もうめき声を上げる者達への慈悲も一切感じなかったのであろう?
泣いたっていい。叫んだっていい。恐怖におののいたっていい。
いや、むしろそうあるべきだと感じていた。

今こうやって崖を登りながらも、こんな風に冷静にいられる私は一体何なのであろう?
感情というものが一切無くなってしまった私を、私は恐れた。



『トニカクノボルンダ』
色々考える自己としての私を塊は飲み込もうとする。


『ウエヲ』


『ウエヲ』


『ウエヲ』・・・・・・・・・





どの位時間が経ったのだろう?

直角に切り立った崖の頂上が見えてきた。
それでも心は全くぶれない。
確実に上へ上へと手は伸びる。


遂に私は崖を登り終えた。

それでも心は全くぶれない。
今登ってきた崖の下を覗こうともしない。



『ヒトヲサガセ』
崖を登り終えた塊は次の命令を下す。



崖の頂上は山の中腹に造られた原始的な山道だった。
もちろん舗装なんてされていない。
ただただ、くねくねと細い砂利道が続く。



『ヤマヲクダレ』
二つの選択が一つに絞られる。
山道を下りながら、いつ出会うか分からない人を探す。


30分?1時間?
暗闇と静寂が創り出す世界が
時間という概念をぐにゃりとひね曲げていく。
見えるものはただ自分の足だけ。
聞こえるのはその砂利道を蹴り上げる音だけ。


しかし微かに何かが砂利を跳ね上げる音と、
山道をくねくねと照らす光を私は認める。
それは確実に私との距離を縮めてくる。
音は大きく、光はその強さを増していく。



『クルマ』
私よりも早く塊はその近付くものの名前を読み上げた。



『ソレヲトメロ』
近付く音と光を放つそれを、塊は逃すなと言うのだ。


気付けば音と光を放つそれは目の前にやってきていた。
私は細い山道の真ん中に立って、手を大きく振る。

それは止まらない。
いやむしろスピードを上げ塊に近付いてくる。

もはや光は目の前にあり、塊はそれをよける事を決断する。

その光の主は塊の真横を、触れるか触れないかぎりぎりの
ところを猛スピードで通り過ぎていった。

それは確実に塊を認識し、意図的にそうしたのだ。

それでも塊は人を求めていた。
その状況を伝え、救助部隊を読んでくれる誰かを。

そんな事が3回繰り返された後、遂に塊は光を捕える。

続く。