今回はPost Rock編の第2回目をお送りします。

Kaki Kingを紹介したいと思う。

正直言って、彼女の音楽がPost Rockなのか疑問は残るが、
既存のRockとは異なるので、そう呼んでみる事にした。

彼女は幼い頃からクラシックギターに触れてきた。
正統ではないにしろ、純粋な意味でのギターリストだと思う。
彼女がギターを弾くと空気の密度が変わる。
Jimi Hendrixとは全く系統は異なるが、
優れたギターリストである事は間違いない。

しかしどうだろう?
今回紹介する作品以外で、彼女について特筆すべき点は無い。
これはどうも彼女への、更に言えば彼女の作品への周囲の
アプローチの仕方が間違っているのでは無いのか?と思われる。
大きな意味でのプロモーションの失敗である。
彼女は自分の声としてのギターを弾くべきであった。

歌うにはあまりにも早く、個性と言う意味でのキャラクターが
確立しないままに彼女は舞台へ立つ事になった。
勿論観客は、彼女の声を聴きたがった。
しかし残念ながら現時点での彼女の声には、歌うべき能力が無い。
シンガーとしての彼女と、アーティストとしての彼女、
更に言えばプレイヤーとしての彼女の力には大きな剥離があるのだ。

私は彼女の作品を初めて聴いたのは、当時アルバイトをしていた
レコ屋だった。
イントロが流れた瞬間に、フロアの空気が大きく変わったのを
今でも鮮明に覚えている。

決して遠くは無いけれど、注意しないと気付かない情景。
そんなイメージを抱いたのを覚えている。

それがこの曲『Carmine St.』




更に進化した作品
『Gay Sons Of Lesbian Mothers』
パフォーマンスもさることながら、次々と音が重なり、
新たな音が生み出される瞬間は圧巻である。
(↑はペーストできなかったので、リンクにしてます。)



彼女に限らず、多くのミュージシャンにおいて言える事は、
テクニックの部分はあまり前面に出さない方が良いと思う。
少なくとも音楽性を追い求め、テクニックで勝負しようと
思わなければという事だが。
テクニックは往往にして、作品そのものを霞ませてしまうからである。

↑でも少し書いたが、やはり彼女は歌い手ではなく
サウンドメーカーとしての能力の方が優れていると思う。
少なくとも現時点においてだが。

例えば私の好きなJohn McEntireをプロデューサーとして迎えた
『Until We Felt Red』は期待を大きく裏切られる作品となった。
作品としてはそんなに悪くないのだが、あまりにも期待し過ぎたのだ。

彼女はまだ20代前半と若いので今後の成長に期待している。
(『Carmine St.』を発表したのは何と10代の時である!)