大きな窓から陽光が差し込む、少しクラシックなフレンチレストラン。テーブルには色とりどりの小皿が並んでいる。
「ねえ、知ってる? 今日からあなたは、世界にたった一つの『ヴィンテージ・ワイン』になったのよ。」
「あら、それって遠回しに『古くなった』って言いたいわけ?」
今日子はフォークを止め、少しおどけたように小首をかしげる。
「まさか。ワインはね、ただ月日が経つだけじゃダメなの。良い土壌と、適度な雨、そして何より『熟成を楽しむ余裕』が必要だわ。 去年のあなたよりも、今のあなたの方が、その明るいシャツがずっと似合ってる。それはきっと、あなたがこの一年を丁寧に味わって生きた証拠よ。」
「……ふふ、相変わらずね。あなたのその口癖、デザートのシャーベットより甘いわ。でも、悪くない気分。」
「さあ、グラスを上げて。 あなたの新しい一年が、今日食べたこの前菜みたいに彩り豊かで、少しだけスパイシーな刺激に満ちたものでありますように。」
「ありがとう真理。じゃあ、次のヴィンテージも、隣で毒見役をお願いしてもいいかしら?」
二人の笑い声が、カフェオレの湯気と一緒に窓辺のカーテンを揺らす。壁に掛かったモノクロの絵画だけが、二人の変わらない友情を静かに見守っていた…
真理は誕生日を祝う準備をしていた。誰かのためではなく、自分という名のゲストをもてなすために。かつて、この日は彼の独壇場だった。毎年彼の趣向を凝らした「驚き」という名のカクテルを味わうために、カレンダーに並ぶ友人たちの誘いを、そっと、でも誇らしげにスルーしてきた。
でも今年のスケジュール帳は「真っ白なドレス」を着たまま。
彼という名のプロデューサーが、突然舞台を降りてしまったから。
完璧に整えられた、ショールームのように洒落たリビング。
キャンドルの灯りが、クリスタルのグラスに「二つの孤独」を映し出している。
磨き抜かれたカトラリー、そして、主(あるじ)のいない空席。
「おめでとう、私」
真理は、誰も座っていない向かい側の席に、静かに視線を落とした。
セットされた二膳のプレートは、まるで「迷子になった楽譜」のよう。
二人で奏でるはずだったメロディは、今夜、真理の独奏曲(モノローグ)として静かに夜に溶けていくだろう…

人生にはいろんなイベントがあり、記念日や誕生日、バレンタインデーもそう。
この日をどう過ごすのかは人それぞれ。
とある場所の男性もそのイベントを一人静かに楽しんでいた。

『スイート・ダブル・アニバーサリー』
「お帰りなさい、僕」
独りごとは、極上のエスプレッソを淹れるためのまじないだ。
テーブルの上には、彼が一年かけて吟味した「自分へのギフト」たちが並んでいる。
ルタオのチーズケーキは、まるで冬の陽だまりのような黄金色。
ゴディバのボックスを開ければ、ベルギーの石畳のような香りが鼻をくすぐる。
さらにミルカにメルシー……世界中の「甘い誘惑」が、今夜だけは彼の味方だ。
「2月14日生まれの不幸は、プレゼントがチョコにまとめられること。
2月14日生まれの幸福は、誰もが僕のために甘いものを用意してくれていると錯覚できることだ」
彼は眼鏡を指先で押し上げ、ふっと口角を上げる。
誰かに贈るためのチョコレートではなく、自分が自分を愛するためのフルコース。
窓の外、誰かの恋が成就しているかもしれないし、誰かのため息が夜空に消えているかもしれない。
だが、この部屋だけは、完璧な「均衡(バランス)」が保たれている。
苦いコーヒーと、甘いタルト。
そして、一歳年を重ねた自分という、少しだけ渋みを増したスパイス。
「ハッピーバースデー、そしてハッピーバレンタイン」
彼は静かに手を合わせる。
その仕草は、感謝のようでもあり、これから始まる「甘い夜」への期待のようでもあった…

