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中仙道武州蕨(わらび)宿「宿場まつり」

2007年11月15日~2007年11月16日掲載

白兎の地図と歴史の巡検記


24年前蕨宿中仙道の活性化を目的に始まった「宿場まつり」は、年々盛大になり今年は約10万人の人出で賑わった。同時に中仙道六十九次宿場の「宿場会議」も開催され、記念として荒川では往時を偲び木造船による「戸田の渡し」を復活、訪れた観光客の人気を得た。


○はじめに
 蕨市とは、埼玉県南部に位置し荒川左岸の沖積低地。市名の由来は平安時代の初め、第51代平城(へいぜい)天皇の孫で六歌仙の一人、伊勢物語の主人公と言われた在原業平(ありわらのなりひら)が武蔵野に来たとき、日も暮れて道に迷った際、立ち上る白い煙に人家を見つけて泊めてもらった。寒さ凌ぎに一晩中稲藁の火で暖をとってくれたと言う。未だ里の名がないところから、これからは「藁火の里」とせよと名付けたと言う。
時代を経て室町時代の中頃、渋川義鏡が関東に下向し城主となったが、藁火城では城に火の字がつくのは良くないと考えた。そこで先祖の地、上毛渋川郷蕨山の地名と、この附近一帯に生える「さわらび」から「蕨城」と名付けたとされる。
わらび、ぜんまい、左巻きと言って春の山菜として知られる。平地ではあるが小高く日当りの良いところに群生し、古代からわらび粉等にしても食して来た。古くはアイヌ民族の長が帯びている短刀の柄に、わらびの紋様がほどこされており、この短刀を「わらび手刀」と称している。


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 昭和34年(1959)4月1日、蕨町が単独で市制施行した。我が国で面積がもっとも小さく、現在の人口約7万人は人口密度日本一としても知られている。毎年1月に全国で行われる成人式は成年式として蕨が始めた発祥地であり、現在でも成年式としている。また、地図上では長野県伊那市と同緯度の、北緯35度49分であることは知る人ぞ知るである。地勢は平坦で江戸時代には中仙道第二の宿場町となり、本陣2、脇本陣1、旅籠23が整えられ、旅人で賑わう一方、物資の集散地として栄えた。江戸後期の文政8年(1825)塚越村の高橋新五郎が高橋機という織機を考案、木綿織物の生産を広め、昭和35年(1960)錦織物の双子縞が開発されてから。昭和初期まで織物の町として発展した。現在でも8月の七夕まつりは「機まつり」と称しており、近郊からも見物客で賑わう。

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●盛大になる宿場まつり
 11月3日文化の日、往時の名残が見られる旧中仙道では恒例となった「中仙道武州蕨宿宿場まつり」が盛大に行われた。地元や近郊の見物客約10万人とも言われる人々でごった返した。年々趣向を凝らしてきたが、今年は第21回中仙道宿場会議蕨宿大会も同時開催され、132年ぶりに木造船「戸田の渡し」も復活し好評を博した。
「戸田の渡し」とは、江戸時代荒川には防衛上橋は架けられず、人も馬も木造船を利用し渡っていた。明治8年(1875)5月になって戸田橋ができてから、戸田の渡しはなくなった。今回、中仙道宿場会議の蕨宿開催を記念して、木曾街道六十九次に描かれている蕨宿の錦絵「戸田の渡し」を再現したのである。その他本陣跡と歴史民俗資料館を中心とした各会場では、色々なイベントが花を添えた。蕨南町太鼓の会、須賀町鼓笛隊、南小学校・第二中学校吹奏楽部、ミス宿場小町、織姫道中パレ-ド、サンバパレ-ド、子どもたちによる中仙道六十九次パレ-ド等々盛りだくさんのイベント、アトラクション満載の1日を楽しんだ。


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●おわりに
 来年は25回記念になり、地元の実行委員会を中心に色々なアイデアで盛り上げてくれるであろう。かくいう筆者も蕨ロ-タリ-クラブという奉仕団体の一員として安心・安全まちづくり防犯パトロ-ルのミニパトカ-と警察の白バイにも協力してもらい、子どもたちに乗ってもらい、ポラロイドカメラで記念撮影、その場で写真をプレゼントして大変喜ばれた。一方姉妹提携の群馬県片品村からは産地の農産物などを持ち込み即売、その他の団体でも様々なバザ-やフリ-マ-ケットで好評だった。
 だが、課題も感じられる。旧中仙道という狭い道路で歩行者天国を実施しての行事であるが、まつりとなると相も変らぬたこ焼き、焼きそばなど定番の屋台が所狭しと出店し興を副いでいる。往時を偲ぶ折角の「中仙道蕨宿宿場まつり」が、どこのまつりにでもある屋台がはびこっては先行きが思いやられる。今のうちに対策を立てこれぞ「宿場まつり」だといわれるようなものにしないと、リピ-タ-が減少し衰退していかないであろうか。このような危惧を抱くのは筆者一人であろうか?

おしまい

東伊豆町(稲取)の風力発電

2007年11月12日~2007年11月14日掲載


富士箱根伊豆国立公園内の観光地、東伊豆町で、クリーンな新エネルギー導入か、自然環境、植生、生態系の維持、騒音・低周波公害から守れるか。行政と事業者VS風車問題を考える住民の会が、是か非かで揺れている。

観光地におけるウインドファーム(風車牧場)の是非を問う
 10月16日(火)、旅ジャーナリスト会議有志メンバーは実情を調査するため稲取に行き、現地視察と取材を行った。結果、筆者は観光立国を宣言した我が国が、貴重な観光資源を失うことになりかねない、即ち、自然景観・植生・生態系等の連鎖的崩壊かつ、観光に携わる地域住民の人的被害を勘案すれば、東伊豆町でのウインドファーム(風車牧場)は似合わないと思う。以下、いくつかの問題を提起して考察しその是非を問いたい。


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地形図でウィンドファーム建設予定地を見る。○印は浅間山、天目山、三筋山、大峰山(国土地理院発行:5万分の1) 


○東伊豆町とは
 静岡県賀茂郡東伊豆町、伊豆半島の東岸、相模湾に臨む町。北は伊東市に接し、昭和34年(1959)5月3日、稲取町と城東(きとう)村が合併、現在人口1万4745人。眼前に大島が望める漁業の町で、伊豆半島最大の漁港といわれた稲取港をはじめ、大川、北川(ほっかわ)、白田(しらだ)の各港があって、半島随一の漁獲量を誇る。後背地は天城山へと連なる山岳地帯で、ミカン、山菜、ワサビ等の名産地として知られる。
 もともと豊かな資源に恵まれた土地であったが、大川、北川、熱川、片瀬、白田、稲取の各地に温泉が湧出、昭和36年(1961)には伊豆急行が開通し、レジャーブームに乗って新興温泉町へと変貌していった。明治19年(1886)大日本帝国陸地測量部発行の地形図、昭和22年(1947)内務省地理調査所発行の地形図、いずれを見てもこの地域での温泉地図記号の表記されている所は、片瀬のみ1カ所である。国土地理院発行の最新の地形図を見ると十数カ所におよび、いかに戦後になって温泉観光地へと変貌してきたかが判る。海岸線一帯は磯釣、船釣、山岳地帯は狩猟やミカン、オレンジ、イチゴ、山菜、ワサビ、熱川バナナ園、ワニ園、ゴルフ場と観光資源も揃い別荘地も点在している。
 江戸時代には伊豆の各地で採石が行われ、稲取などからも江戸、大坂城修復用の石が運ばれた。白田では江戸中期から硫黄を採掘、公害訴訟も起こった。隣接には河津桜で有名な河津温泉郷から天城路へと続き、東伊豆町はこれらの玄関口ともなっている。


白兎の地図と歴史の巡検記 三筋山


○東伊豆町における風力発電計画とは
 既設の浅間(せんげん)山(516m)3基、19年度完成をめざし建設中の通称天目山(箒木〈ほうき〉山1023mの手前天目地区約5~600m)10基、風況調査を実施し補助金採択がされた三筋(みすじ)山(821m)と大峰(おおみね)山(491m)に25基。計画通り完成すれば合計38基、高さ100mの巨大風車が伊豆半島の観光地に出現することになる。我が国の国立公園内観光地に、これほどのウインドファーム(風車牧場)は他に類例を見ない。当然のことながら色々な影響が考えられよう。この建設の是非をめぐって行政・事業者側と風車問題を考える住民の会が対立し揺れているのである。


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○建設地域の環境と現況
 富士箱根国立公園内の観光地で、箱根仙石原をはるかに凌ぐ大草原には、県文化財指定の細野湿原が拡がる。背後には天城高原をひかえ、眼前には伊豆七島の眺望が広がる一大パノラマの絶景地である。標高821mの三筋山はパラグライダーの聖地とも言われる。細野湿原には兎や鼠などが棲息している。この湿原をめぐり動植物の生態系が維持されており、例えば我が国の保護鳥、オオタカが各地から飛来して兎や鼠を獲りながら、ある程度の集団に集結すると台湾へと飛び立って行く基地にもなっているという。
 三筋山から下方へはスコリア層(岩滓〈がんさい〉といって玄武岩質の黒っぽい色をした軽石)があって、雨水を浸透させ長い時間をかけて地表に湧出させるという熊口水源を有し、麓の住民は永年にわたりこの良水を利用生活している。また、水源を守るために植林などをして手厚く保護してきた。こうした微妙な自然のバランス上に細野湿原はあり、永年、人・動物・植生に好影響を与えてきたのである。実際にこの水を飲むとまろやかで美味しいし、コーヒーを沸かすと一味も二味も違った。また、東伊豆町だけではなく、分水嶺である三筋山の尾根、反対側は河津町であり、河津温泉郷や天城の観光地でも他人事とは言えない地域なのである。


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画像提供:EyesPic

○巨大風車建設により考えられる影響
 自然環境破壊、とくにこの地域の観光資源に大きな影響を与えることは必然であろう。尾根が削られ、森林が伐採されて6m幅の道路が新設されるし、スコリア層の熊口水源や樹木の伐採、草原の破壊などは動植物に与える影響は大きいと考えられる。分水嶺である三筋山に巨大風車を林立させれば、単に自然景観を壊すのみならず自然のバランスを崩し、水源・湿原を枯れさせて洪水の危険すら予想される。当然兎や鼠も棲息できまい。ということはオオタカも集結して台湾へと飛び立って行けなくなる。植生、生態系の維持ができなくなると予想されるのである。また、着工中の天目山にいたっては、天城高原万二郎岳の山続きでシヲヌタの池・モリアオガエルの生息地として有名な場所の近くでもある。人体への影響も当然発生する。人家や別荘地も近くて予想される騒音のほか低周波の被害が考えられる。
 これまでにも、全国各地で建設された風車による人体への被害は、公害訴訟として争われているところもある。単なる騒音だけでなく、頭痛や耳鳴り不眠などの健康被害が報告されている。水源が汚染されたり、枯渇したりするようなことになれば、日常生活にも影響が出るし、自然環境・景観の破壊は地元のみならず、伊豆半島全体の観光に影響をおよぼさないとは言い切れまい。巨大建造物である風車は耐用年数が17年とも試算されている。17年が長いか短いか、20年後くらいには巨大なゴミとして誰が、何時、何処の負担で撤去するのか、放置されていることはないであろうか、いまだ明確にはなっていないようである。そして一度破壊された自然環境と景観は、撤去したとしても復元できないことは明白である。


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○まとめ
 伊豆半島に限らず観光地への風力発電、とくに多数林立するウインドファーム(風車牧場)建設は慎重であって欲しい。すでに南伊豆町にも1基設置されているが、景勝地石廊崎にも計画されているという。南アルプスの眺望できる長野県伊那市では、市長の勇断により反対を表明された。このたびの伊豆半島ではどうしたのであろうか。町長自らが建設を推進しているという。地元の人が反対するのは当然のこととして、静岡県観光協会、東伊豆町、北川、熱川、片瀬、稲取温泉観光協会、自然保護や野鳥関係などはどのように考えているのであろうか。また、行政・事業者・地元住民は勿論、経済産業省(資源エネルギー庁)、観光の国土交通省、自然保護や騒音の環境省、公害問題の厚生労働省などや産業界など各界有識者、学識経験者によるシンポジウムを開催して、目に見える是非論の展開をするべきではなかろうか。そのうえでの建設推進・反対論と言えるのではないだろうか。
 旅ジャーナリストからすれば観光資源を護り、観光振興を図る立場にある。ましてや我が国は観光立国を宣言して、2010年には外国人観光客1000万人招致を国策としている。このため観光庁の新設まで検討しているという。今や流れは、持てる自然観光資源をいかに護っていくか、各地では世界遺産登録をめざしている時代である。クリーンな新エネルギー推進という錦の御旗を掲げ、観光振興に反し伊豆の宝を未来に残すことができなくなる恐れがあるので、筆者としては反対の立場をとらざるを得ないであろう。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(通称NEDO)は新エネルギー導入促進事業2007により、いろいろな導入の手伝いをしている。もとより筆者とてなんでも反対するわけではない。地球温暖化対策に基く新エネルギー風力発電の意味するところは充分承知している。その上でなおかつ国立公園伊豆半島でよいのですか、と是非を問いたいのである。オオタカよこれからも東伊豆に集結し、台湾に飛び続けろ。こう願うのは筆者だけであろうか。
おしまい



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波崎ウィンドファーム(株) 平成16年3月竣工 12基 高さ:64.5m プロペラ直径62m ドイツ製
茨城県神栖9基・波崎20基・千葉県銚子29基。犬吠埼を中心に、利根川をはさんで約60基のウィンドファームは日本一の規模を誇る。
写真左は波崎、写真中央は銚子港、写真右は九十九里屏風ヶ浦の景勝地

コラム  風力発電について
 1990年代から地球温暖化問題に伴って各国で風力発電の導入が盛んになった。ドイツ、スペイン、アメリカ、インド、デンマークなどを中心に6000万kwを超えている。いまや世界の風力発電設備は原発60基分にも相当するといわれている。クリーンエネルギーに対する意識とヨーロッパという地理的条件にもより、導入が盛んであったが自然環境保護や騒音などの人的公害を重視して、現在の設置基準は厳しく制限されたものとなっている。日本でも、1990年代後半から急速に増え、2006年6月現在での設備要領は120万kwを超え、ジャンボジェット機の翼幅と同程度の直径60mを超える巨大風車が、1000基以上も回っていることになる。風車にも種類があるが、大型発電用には水平軸のプロペラ型である。このような風車を風の強い場所に集中的に設置することからウインドファーム(風車牧場)と呼ばれる。導入以来全国各地でいろいろ問題も発生していることは事実である。我が国は山岳丘陵地が多く、陸上での風車設置の適地が限られているので、今後は3万㎞を超えるといわれる長い海岸線の沿岸を利用して、洋上風力発電を展開することが予想されている(日本国際地図学会シンポジウムより)。

「鉄道博物館」THE RAILWAY MUSEUM

2007年10月30日掲載

御料車や蒸気機関車など36両の実物車両
集められた鉄道アイテムはなんと58万点
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 鉄道の日(10月14日)にオープン、JR大宮駅から埼玉新都市交通ニュ-シャトルで一つ目の、鉄道博物館駅(旧大成駅)で下車して改札を出るともうそこが入口である。旧「交通博物館」から移設した、D51が出迎えてくれる。


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 館内は「エントランス」「コレクション」「ラ-ニング」「パ-ク」という5ゾ-ンと「ノ-スウイング」から構成されており、エントランスゾ-ンとノ-スウイングの間を「ミニシャトル」がアクセスしてくれて人気の一つとなっている。車両の展示だけでなく、日本の鉄道歴史年表、数々のコレクション、鉄道の原理や仕組み、シュミレ-ション体験など訪れる者を飽きさせない。


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 日本最大のHOゲ-ジ模型鉄道ジオラマは、解説付きでゆったりと見られるナレ-ション付である。総延長1400mにおよぶ線路を、山手線、埼京線などの在来線から、寝台特急カシオペア、SL、伊豆急踊り子号、新幹線のぞみ、こまち等々が駅のホ-ムを次々に発車していく。朝の始発、昼間から夕景、夜景の走りと一日の移り変わりが楽しめる。


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 疲れたら小休止、昔懐かしいレストラン「日本食堂」がある。メニュ-も思いでのカレ-、ハヤシライス、カツサンドなどで売り切れてしまうことがしばしばらしい。ミュ-ジアムショップに立ち寄れば、肩のぶつかるほどの盛況で、ミニチュアや様々なグッズが処狭しと陳列されている。鉄ちゃん、鉄子ならずとも大人も子どもも一日中楽しめる博物館である。
「Teppa倶楽部」(てっぱクラブ)という会員組織づくりも進められており、年間フリ-パスやその他の特典を設けている。新しい鉄ちゃん、鉄子の誕生をみるであろう。

DATA  開館10~18時
      休館火曜日・年末年始(除特別開館日)
      入館料 大人1000円 小中高生500円 小児200円
          団体・障害者割引制度有
      問合せ TEL 048-651-0088
          http;//www.railway-museum.jp/