シルバーエイジ 日頃の節約で日常に変化を ②
(福知山城と田辺城、年縞博物館を訪ねて)
節約して定期的に非日常を旅行に求めましょう
シルバーエイジ節約旅行者の「おおとものタビト」です。
なかなか変化の無い生活から脱出する機会は少なく、折角の夏の休みは海や湖のあるところへ行こうと思い立ち、1泊2日の旅をしました。
1日目は「明智光秀の福知山城」と「細川藤孝の田辺城」、2日目は三方五湖の「福井県年縞(ねんこう)博物館」を訪れました。「福井県年縞博物館」は想像以上に衝撃的でした。
今回宿泊したホテルは「メルキュール京都宮津リゾート&スパ」で、オールインクルーシブなので到着時にビールを飲んだり、食事後はバーボンを飲んだりと、大変快適に過ごせました。部屋からの景色も良く、天橋立のライトアップが部屋から見えました。
一泊二日の安近短節約旅行でしたが、知らなかった日本の財産を見た気がする旅行になりました。
第2日目(2026年7月31日金曜日)
天気のせいか、この日は日の出を見られませんでした。しかし、ホテルの窓からは、早朝の天橋立も見えて良かったです。
温泉のあるホテル、朝一に露天風呂付きの浴場に行きました。
このホテルは朝は6時から露天風呂のある浴場を利用できます。私は少し早い目に行って、浴場が開くのを待つつもりで5時50分頃に入口の前に行きました。ところが、既に入浴客が入り始めており、私も遅れじと風呂への入場ゲートをくぐりました。
浴場は、露天風呂も洗い場も客でいっぱいに一歩手前の状況でした。しかし、朝食前に露天風呂でゆったり過ごして、青空を見れたのは良かったです。この日は朝風呂の開始時間よりも早く行って正解でした。
朝食はオールインクルーシブのバイキング料理です
夕食の時には皆さんが早い時間から並んでいたので、朝食には早目にレストランへ行くことにしていました。しかし、早く行きましたが、既にレストラン前には行列が出来ていました。
この日も、レストランは開場予定時間より早く入れて、助かりました。私たちは窓際にテーブルを確保して、まずはコックさんが調理しているコーナーから回り始めて、洋風中心に料理を選び、夫婦2人でゆっくり楽しく朝食を頂きました。
私たちは食事後は部屋でゆっくり休憩して、ホテルは9時30分に出発しました。
ホテルを出発して、舞鶴市内を走って舞鶴東ICより舞鶴若狭道に入りました。舞鶴若狭道は走行車両が少なく、ゆっくりドライブを楽しむことが出来ました。日本の原風景とも思える景色の中を快適に高速道路を走って、福井県境10時30分に越えました。
その後も快適な渋滞のない道路を走り、三方五湖P.A.には11時3分に到着しました。
「道の駅 三方五湖」「若狭三方縄文博物館」、そして「福井県年縞博物館」へ行きました
高速道路内の「三方五湖P.A.」にある下の写真の売店の右側にはウォーキングエリアがあり、三方五湖のひとつである「水月湖」を眺めることが出来ました。
(舞鶴若狭道 三方五湖P.A.の売店)
次の写真は三方五湖P.A.から三方五湖の一つの「水月湖」を臨む景色です。パノラマ写真ですので画像が歪んでいますが、静かな落ち着いた湖という印象を持ちました。水月湖の由来や歴史の説明をされている案内板を見ながら、ほとんど車が走らない湖畔の道(一般道)と広がる湖の景色は大変良かったです。
(「三方五湖P.A.」内にある展望施設から眺めた「水月湖」のパノラマ写真)
湖畔の景色を眺めながらゆっくり休憩をしてから、三方五湖P.A.を11時24分に出発しました。
これまで避けていたスマートICを恐る恐る通過して一般道に入り、標識を頼りに「道の駅 三方五湖」へ向かいました。
「道の駅 三方五湖」には到着11時29分、早速記念グッズと野菜、瓶入りの食材を買いました。野菜🥦は新鮮で良かったです。
道の駅の駐車場には「船着場」のような開けた場所が有り、私たちは駐車場の中から静かな湖の景色を見ることが出来ました。「道の駅 三方五湖」は11時41分に出発しました。
(「道の駅 三方五湖」)
「道の駅 三方五湖」を出てすぐに、同じ地域にある「若狭三方縄文博物館」と「福井県年縞博物館」に向かいました。「若狭三方縄文博物館」の駐車場い到着時刻は11時42分、「道の駅 三方五湖」の近くと言うよりも隣でした。
(若狭三方縄文博物館:入口はこの看板のある所から少し先にあります).
「若狭三方縄文博物館」の観覧券は500円、「福井県年縞博物館」との共通観覧券は700円でした。尚、「福井県年縞博物館」は70歳以上は無料とのことでした。
縄文博物館には、写真のような縄文土器や三方五湖周辺で生活していた縄文人の生活拠点、生産活動等についてパネルやジオラマ模型で解り易く説明がありました。この地域に縄文遺跡があるのは知っていましたが、そこでの生活や生産活動が大変進んだものとは知らなかつたので、勉強になりました。当時の人の生活についての説明は良かったです。
(ずらりと並んだ縄文土器:照明が素晴らしいのか今まで見たことの無い縄文土器でした)
上の写真は博物館に入って直ぐの所に陳列されていた土器は、照明のせいか「これまでに見たことのない」きれいな土器で、発掘されたものとは思えませんでした。
縄文博物館の外には竪穴式住居が3棟有り、見学しました。ここの見学は無料でした。
以前に登呂遺跡で見たものと良く似ている印象でした。ここも広々とした敷地内に建っていて、良く整備されていました。
(竪穴式住居が3棟広い敷地に建てられていました)
いよいよ年縞博物館です!
いよいよ目的の年縞博物館です。若狭三方縄文博物館も周囲内外共に良く整備清掃されて他の博物館にひけを取らない建物でしたが、年縞博物館は外観からして新しく、国立の有名な博物館にもひけをとらない立派なものと思いました。
(福井県年縞博物館のエントランス)
湖底に積もる泥の縞(しま)については、断層や道路の切通しで見る「地層」のような認識をしていました。単に珍しい地層かな、程度の認識で行きました。
(福井県年縞博物館に入場時に頂いたパンフレット)
毎年湖底に規則正しく積もってゆく泥の縞(しま)が、その1年毎の縞に含まれる放射性炭素を尺度として、他の出土物の年代が正確に判る世界的な標準との説明板を見て驚きました。
(展示されていた「年縞」の標本)
年縞の標本が展示してあり、この1本1本に含まれる放射性炭素を調べて、他の標本に含まれる放射性と較べて調査されるという壮大な研究に又々驚きました。
(レストランのメニュー看板が入口前にありました)
狙っていた「年縞サンド」には未練はありましたが、時間の都合もあるので、帰り道にはファミレス的なロードサイドレストランがあると高をくくって、ここで食べるのは諦めました。
説明機械が優秀で、「なぜ水月湖だけなのか?」が解った気がしました。
このレストランのメニュー立札近くにあった(下の写真の『年縞博物館案内パンフレット「3.発見 水月湖の秘密」』に写っている)ディスプレイモニターの説明が解り易くて良かったです。この機械の説明で、なぜ「水月湖だけなのか?」という、この博物館の各所にあった説明パネルの内容を少しは理解出来た気になりました。この映像機械による説明はお薦めです。
日本の財産とも言える知識を頂いた年縞博物館を出発したのは13時00分です。車を停めている若狭三方縄文博物館の駐車場を13時03分に出発して帰路に入りました。昼食は近くのファミレスに入ればいいかなと、両脇が田んぼの道路を滋賀県方向に向かって車を進ませました。
(コンビニの駐車場の隣は田んぼでした)
ところが、ファミレスは「すぐに見つかる」と思っていましたが、進んでいったロードサイドはどこまでも「田んぼ」で、ファミレスは全くありません。そうするとますます空腹が我慢出来なくなって、13時21分にロードサイドにあったコンビニの「焼きたてパン」の看板に魅かれて飛び込みました。しかし、そのコンビニでは焼きたてパンの販売は無く、菓子パンと缶コーヒーで予定外の昼食になりました。しかし、これはこれで駐車場横の田んぼの稲穂を見ながら車内で食べて、楽しい昼食になりました。
焼き鯖寿司は大変美味しかったです。
(「道の駅 熊川宿」、土産物販売と食堂がありました)
兎も角空腹は解消しました。コンビニ駐車場横の「田んぼ」の実りを見て癒され、元気な稲穂に心が落ち着くのはいいことだとと思いながらコンビニ駐車場を13時32分に出発しました。
ところが、車が走り始めてすぐの13時35分に「道の駅 熊川宿」が進行方向右手にありました。すぐに駐車場に入れて、食堂に向かいました。平日のやや時間ハズレのタイミングでしたが、店の中は4割程度の客入りで直ぐにテーブル席につけました。
(熊川宿で食べた焼き鯖寿司890円と玉子丼680円)
ここでは「焼き鯖寿司」と「カレーライス」を注文しようとしましたが、食券自販機の「カレーライス」は注文停止中のシールがあり、代わりに玉子丼を自販機食券で買いました。水はセルフサービス。「焼き鯖寿司」も「玉子丼」も、どちらも大変美味しかったですが、特に焼き鯖寿司が美味しかったです。食事後トイレを借りて、自分宛の土産物を買いました。鯖のフレークの瓶詰めは帰宅後すぐに食べましたが、大変美味しかったです。
食事休憩とお土産購入した「道の駅 熊川宿」を出発14時10分、いよいよ話に聞く「鯖街道」を車で進みました。
「鯖街道」と「途中越え」で歴史の道を走りました。
「鯖街道」は良く舗装されて気持ち良く走れる道で、所々に「鯖寿司」が名物の食堂が何軒もありました。平日のせいもあるのか混雑もなく進みました。行程の途中に「途中越え」の標識があって、歴史小説に時々出てくる、他国の戦国大名が京に侵入した道だなと思いながら、舗装されて管理の行き届いた道を進み、「途中越え」の終点の「花園橋」に15時24分に着きました。
「花園橋」の交差点を左折して、都道府県対抗女子駅伝のコースである白川通に入り、京都市の中心部を走って帰路につきました。
《一泊二日の我が家の夏の旅行は無事終了しました。福知山城や田辺城、年縞博物館と聞いてはいても余りよく知らなかったところを訪れて、知らなかった事が多いことを再認識したレジャーになりました。最後までお読み頂いて有難うございました》
2026年8月 おおともの旅人



















