<キャパを越えた無理な体制>
たびと その当時,多くのシステム開発プロジェクトを無理して立ち上げ,失敗プロジェクトもあちこち出てきて,品質保証部門を中心にさまざまな対策がとられていた時期です。
短善 受注数を適正な規模に減らすというような対策は絶対出なかったですよね?(笑)
たびと そんな対策は出ない!出ない!(笑)。受注・売上拡大第一主義の行けドンの世界が前提です。何とかプロジェクト管理能力やIT力が未達レベルなプロジェクトマネージャやリーダを失敗せずやらせる方法は無いかといった観点でしょうね。
短善 事業部門の上層部がそんなむちゃくちゃな発想をしてしまうのは,どうしてなんでしょうか?
たびと 営業関係出身の多い上層部が厳しい開発プロジェクトの経験も直接していないし,ITに関する深い知識もないから,プロジェクトの難易度も客観視できない。みんなが経験から,といってもIT以外ですが,知恵を出し合えばきっとうまく行く解があるに違いないという楽観的思考から出たと私は今思います。
短善 それで,技術スタッフ系のNさんまでも駆り出されることになった?
たびと 当時の失敗プロジェクトを分析した結果,品質保証部門からは技術的問題よりも管理的な問題に起因することが大半だったという報告がなされたようです。特に,上流工程での仕様の詰めが甘い,また全体の概要設計の精度が悪いことが主な原因と報告にあったようです。
短善 よくある開発プロジェクト失敗事例分析と大差はないですね。本当にIT経験の豊富な人が調べて報告したら,ITスキルの決定的不足を指摘するでしょうにね。
<プロジェクト開始後の地獄>
たびと プロジェクトリーダは,プロジェクトの最初の段階から,強烈に「この仕様で技術的問題がないことを確認したか」「これは客とどこまで握れているのか?」「この客先打ち合わせで約束したことは,NG。すぐ撤回しろ!」「納期を守れる見込みを分かるよう説明しろ!」「客先には,今年度の少しでも金が入るよう,工程途中の検収交渉をしたか? できないなんて許さん!」といった締め上げが入るのです。
短善 相当の百戦錬磨でも,まだプロジェクトの始まったばかりで,こんな締め上げを受けると参ってしまいそうですね。
たびと 真面目なN君は,言われるがままに「はい。やります」と答えたものだから,できないときのフォローもさらに厳しくなる。「できると言ったろ!いつやるんだ」「何とか来週完了します」とN君は,その厳しいフォロー会議から解放されたく,空手形を発行し続けるのです。
短善 何回かフォロー会議が進むうちに,ますます追い込まれたNさんは,厳しい叱責が頭から離れず,夜も寝られなくなっていったのですね。
たびと そのあたりは,想像するしかないのですが,おそらく,会社に行く気力がなくなってしまったのでしょう。
短善 Nさんがいなくなったプロジェクトは結局どうなったのですか?
たびと 別のメンバが急きょ入って,要件定義を進めたのですが,客先も不安を感じて,設計以降の本体部分の話は無くなってしまったようです。
短善 Nさんは後でそれを聞いてどう思ったのでしょう。
たびと 「自分のせいで会社に損をさせた」と考えたのではないでしょうか? 数か月して,親会社の一部と何社かの関係会社が統合したD社ができ,さらに1年半後に病気から復帰してきたN君をしばらくは私の部門で面倒を見ることになりました。
<その後Nはたびとの部門に配属>
短善 たびとさんがNさんのメンタル休職者の職場復帰プログラムを担当したのですか。
たびと 職場復帰プログラムをご存知なんですか?
短善 実はわが社でも最近若手中心にメンタル不調者が次々出まして,Nさんの上長である調達の課長さんに相談したら,「うちの会社のメンタル不調者対応マニュアルがあるので,良かったら御社限りで参考にしてください」と頂いたのです。
たびと その中にある復帰プログラムをご存知なら説明の手間は省けますね。ただ,私の場合,N君が初めてではありません。まだ,統合会社のできる前から,そちらに出向させるから面倒を見てくれという依頼があり,何人か対応しています。
短善 親会社の求める人材の期待値に合わない人が,どんどんメンタル不調を起こし,そして,その受け皿,受け手は無い状態だった。
たびと そこへ会社統合というのは聞こえが良く,そういった人たちの受け皿ということ。他方で,それまで会社間で直接指示ができなかったS社の優秀なメンバを顎で使えるというのが,本当の目的だったと私は身で感じました。
短善 Nさんは,どうだったのですか?
たびと N君とは短時間のヒアリングを何度もしました。「年齢も年齢で家族が大変心配しているので,キツイITの仕事はもうやりたくない」というのが希望のように私は受け取りました。そして,N君ははっきり言わないけれど,弱小子会社出身の管理者の部門に配属されたので,もうこの会社には見捨てられたのだと思っていることも私は感じ取りました。
短善 Nさんより10歳以上年上の現役たびとさんに,「私は年齢的に..」といったのですね。
(10話につづく)