<N君の悲劇> 
たびと N君は,ご承知だとは思いますが,元は技術者でした。私とは一回り近く若く,彼が親会社に新卒採用入社したときから,一緒に仕事をしていました。有名大学の情報システム関係の学科を優秀な成績で卒業したらしいとのうわさもありました。
短善 そうなんですね。私はたびとさんとは別の親会社の事業所を担当する仕事をしていましたから,Nさんの若いころを全く知りませんでした。
たびと 私は,N君が配属された親会社の基盤ソフトウェア部門は,私がS社に入社して最初に出向先となった部門で,N君から見て,私は下請け子会社ではあるが先輩の技術者として,接してくれました。
短善 なんか,今のNさんの生真面目さから,若い時の素直な新入社員のイメージは分かるような気がします。
たびと N君は,さっそく基盤ソフトウェアの一番重要な製品に関連するチームに配属されました。
短善 Nさんは,めきめき力を発揮していった?
 
<N君への支援は?> 
たびと まったく,逆でした。なぜなら,ソフトウェアを一から作るのではなく,海外製品の膨大なプログラムを読んでその動きを理解することからスタートでした。そして,その海外製品のプログラムを見られる人は,海外の製品開発会社に登録が必要で,見る場所も鍵がかかった特別な部屋の中だけでした。
短善 指導する先輩はいたのですよね?
たびと いましたよ。つい最近まで,親会社の部長をしていたUさんなんかがそうでした。しかし,その製品のプログラムを理解する作業のなり手がなく,N君は若くて優秀そうだからやらせてみようということになったのです。他の先輩もそうですが,プログラムを見る人間を限定した方が情報漏洩事故が少ないという大義名分で関わろうとしなかったのです。
短善 Nさんは,製品の内容の理解が進まず,悩んだ時に相談相手がいなかったということですね。
たびと 私は,その基盤製品を使ったアプリケーションソフトウェアの開発を任されていたので,基盤側の体制に不安を感じていました。納期は1年半後で,基盤が想定通り使えないと開発工数は莫大に膨らむ可能性があるからです。
短善 そういえば,たびとさんも,入社して6年目位に別の基盤海外製品のソースプログラムをすべて読破されたと聞いています。
 
<それに比べてたびとの類似経験は?> 
たびと 読破は大袈裟すぎますよ。私の時は今もこの人以上に優秀なプログラマはいないだろうと思える親会社の先輩技術者愛称Pさんと一緒にやっていました。なので,お互い情報を共有しながら,またPさんの持つプログラム読解力の極意の伝授をうけながらできたので,本当に楽しかったです。また,世間にも当該の一部ソースやその解説書が公開されていて,特集記事の雑誌や専門の本が出ていましたから,参考にてきる情報も豊富でした。
短善 それで,たびとさんはプログラムの本の執筆や大学でプログラムを教えられる力を付けられたのですね。
たびと そのプログラム言語は,ノーベル賞受賞者を何人も輩出した研究所のすごい研究者たちが開発したのですが,それを読むことが,ソフトウェア工学の本を何冊も読むより中身が濃いと感じました。
短善 Pさんは,私が最初にお話ししたときもそうでしたし,決して愛想がよい人ではないという評判の人でしたが,大丈夫だったのですか?
たびと Pさんは他人を褒めることはしません。なぜならプログラムに関してはだれにも負けないという自負を持っていましたから。だから,どうしてもとっつきにくい感じが出てしまうのです。
短善 そんな人だと周りから煙たがられているのでは?
たびと その通りです。でも,私は普通に付き合うように心がけました。プログラムについてたくさん聞きました。ただし,自分はこう思うが正しいか?という聞き方をしました。
短善 それで,やさしく教えてくれましたか?
たびと いいえ。最初は「全然正しくないよ」との返事ばかりでしたね。どこが正しくないのかも教えてくれませんでした。
短善 いやになりませんでしたか。
(6話につづく)