いつから「汽車」を「電車」と呼ぶようになったのか。 | 旅一郎のブログ

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国鉄(日本国有鉄道)が、最後の全盛期を迎えた昭和47年ー53年までをテーマにした、汽車旅のブログです。

旧型客車亡き後、日本の鉄道旅行は本当につまらなくなりました。そのため海外ネタも載せています。

当時の雰囲気を伝えるものは鉄道にかかわらずアップします

国鉄民営化の特番を見返していると、鉄道にこだわりのあるコメンテーターのみならず女子アナも普通に「汽車」と言っていたことに気がついた。


「汽車」とはもちろん列車であり、基本的に国鉄線上の「国電」意外の鉄道旅客サービスを指す。

なお蒸気機関車は「汽車ポッポ」の「ポッポ」の部分で「汽車」は客車である。


だから電鉄のとくに通勤電車を「汽車」とは呼ばなかった。


歌でいうと「なごり雪」の「汽車を待つ君の横で僕は」は汽車=列車を指す。


「汽車旅」というと言葉のリズムもいいけど「列車旅」だと座りが悪い。「電車旅」となると聞いた事もない。


時代を整理すると

なごり雪の時代(1974年)は国鉄線上に現役の蒸気機関車も残っており、列車=汽車のイメージも強かったのだろう。


また漫画「めぞん一刻」ではお婆さんを新幹線の駅まで送る時、「汽車の時間は?」と聞くシーンがある。新幹線であっても汽車だった。1980年の事である。


そして先に述べた通り国鉄民営化の頃も「汽車」だった。


テレビなどで列車を「電車」と呼ぶ事が増えたのに気がついたのは多分20年くらい前か。


「汽車」と「電車」という言い方をしていなかった都会では「国鉄」「私鉄」と呼ぶ事も多かった。

国鉄がJRになり「じぇーあーる」というのもなんとなく座りが悪い。

「じぇーあーる」という代わりに「電車」になったのかもしれない。