鉄道趣味に物申す | 旅一郎のブログ

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国鉄(日本国有鉄道)が、最後の全盛期を迎えた昭和47年ー53年までをテーマにした、汽車旅のブログです。

旧型客車亡き後、日本の鉄道旅行は本当につまらなくなりました。そのため海外ネタも載せています。

当時の雰囲気を伝えるものは鉄道にかかわらずアップします

鉄道趣味に物申す。

 

 

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鉄道趣味の原点であった旧型客車

最後の冬1986年1月山陰本線久谷駅
 

 

思いついたことをつらつら書いただけなので、前後のつながりは無視して下さい。

 

旧客の魅力

素人を寄せ付けないキャッチーでない外観

 

子供相手ではない自己責任の厳しさを突きつける。

だからこそライトなファンは寄ってこない。

 

戦前から長距離輸送にあったオーラ

 

今のおもちゃ電車の対局

今の電車、特にマスコミが持ち上げるような者は、すべて商業化された消費者向けのものであり、はっきり言って幼稚だ。

よくマスコミに登場する銚子電鉄やたま電車はかつて骨董的価値のある車両だったが、それらが引退して、ある意味無価値になった時から「ぬれせんべい」や「たま駅長」などと言った子供騙しの策で注目を集めたが、それはマスコミの意思(商業ベース)に乗っかっただけで、インスタ映え狙いの一見客は拾えても、長期的にお金を落としてくれるファンは根付かないだろう。

なんとか旧客的体験を提供しようと努力が見れるのは「いすみ鉄道」くらいで、それこそ、蒸気や旧客を鉄道趣味の中心に置いていた社長だからこそできるものである。

 

それ以外で、まともに大人が満足できような鉄道文化を体験できるところがあるだろうか?

遊園地のアトラクションと同じようなものではないか。

 

鉄道はおもちゃじゃないのに、おもちゃのような扱いをされるのが腹立たしい。

とはいえ今の鉄道自体が、かの女性鉄道ジャーナリストの言うように、「幼稚なレベルまで降りて来た」のだ。

 

過去の鉄道雑誌を読んで、現在の物と比べてほしい。

今はカラー写真ばかりで見た目は綺麗だが、中身がない。

 

だからこそ、舐めてかかっては命の危険のある旧客が美しく思えて仕方がない。

 

 

嫌なら乗るな、自己管理できない者は乗るなという空気感もいい。

 

しかし、必要な切符さえ買えば人を選ばず。今のクルーズトレインの排除の公式とは違う暖かさ、これに乗れば故郷へ帰れるのだという安心感はクルーズトレインにはない。

 

そう考えると、都会へ出た金の卵の二世以降は故郷を持たない。

 

旧客に対するノスタルジーも感じないのだろうか。

 

いまの白けきった、ともすれば小馬鹿にしたような鉄の態度も嫌気がさす。

 

旧客のような「叱ってくれる」車両がないのだからか。

 

そう考えると、危険であるはずの自衛隊の入隊PRポスターもいつのまにか萌えキャラになってある。

 

これは本当の危険な任務を覆い隠す目的であろうが、当の隊員はどう感じているのだろうか。

おそらくは「こんなチャラチャラした仕事に思われると腹ただしい」と感じるのではないだろうか。

 

鉄道が安全を求めるのは当然としても、ホームにせよ、線路にせよ危険と隣り合わせであることを覆い隠してはいけない。

 

この意見に同意頂けるなら、今でも手動ドアの車両が現役で体感できる、台湾やタイの鉄道旅をしてみて下さい。

 

僕の言っている事が理解できると思います。

 

そこにはオモチャ扱いされていない、本物の汽車があります。

 

今マスコミが鉄道ファンと見做している人達と僕の趣味は同じではない。