引っ込み思案で恥ずかしがり屋の私は、自分から友達を誘うことをせずに、いつも誘われるのを待っていました。何して遊ぶかを相談するときも、自分からは声を上げず、誰かが意見を言うと賛成する、ってかんじでしたねー。
それは、家族の中でも、そう。
自分に考えがないわけではなく、「こうしたい」とか、「人にこうしてほしい」とか、「これはこうじゃなきゃいけないんじゃないか」とか・・・考えはあるんだけど、言わず、黙って皆を見ている(不気味か~?)。
そんな自分が嫌で、変わりたいと、いつも願っていました。
通学の道の途中、毎日思っていることは、「こんな自分では嫌だ。今日こそ変わるんだ。きっとできる、自分は、きっとできる。」そんなことを思い、ぶつぶつ、つぶやきながら(やっぱり、不気味か?)歩いていました。
でも、なかなかうまくいかなくて、下校の帰り道、泣きながら帰ることもありました。友達は大勢いて、いじめについては、いじめることもあり、いじめられることもあり、それは、そんなにひどいものではなかったから。それで泣くことはあまりなかったけど、自分に対して悔しくて、でしたね。
大人になっても、おなじ・・・。


