明智光秀の印象が、子供の頃と比べるとかなり変わって来ました。


明智光秀といえば、『裏切り者』のレッテルが

貼られている代表格的な人物です。


ホントにそうなのでしょうか?

天皇家には明智光秀の血が入っているという記事を見てから、ホント?という疑問符が大きくなってきましたうーん


そして、『麒麟がくる』を見た時に興味が膨らみ、岸和田城で掛け軸を見て、高石市の光秀寺、助松町の蓮正寺と観に行ってきました。


私の想像話では、『明智光秀は生きていた』という結論になりましたウインク


想像はどんどん大きくなり、真田幸村、島津義弘、長宗我部元親と組んでいたのでは?というところまで膨れてます爆笑

この想像話もいずれ書くかもしれませんウインク


話はそれますが、加藤 廣さん作の『信長の棺』

の3部作が私は大好きです。歴史好きの社長から教えてもらって早速購入して読んだことろ…ハマりました照れ


『信長の棺』『秀吉の枷』『明智左馬介の恋』


この3部作です。同じ時間をそれぞれの立場で書かれています。私は、3部作目の『明智左馬介の恋』が、1番衝撃的でした。社長は左馬介の本だけ読んだことがなかったので、退職される日にプレゼントしました照れ


本能寺の変の謎のひとつ

『信長のご遺体がみつからない』


『明智左馬介の恋』では、ご遺体が出ない理由を加藤廣氏の考えで書かれています。


私はまた違う考え…を想像をしてます。

私の想像話聞いてくださいウインク


そもそもこの想像にいたったのは、本能寺の変の本能寺は、今の場所にはなかったって話です。

南宗寺さんとは違って、旧本能寺は場所が確定されてますけどね。私は、こういう場所が変わったというのが引っかかってしまいますニヤリ


私の想像話は、「アホなことを」と思われる話になりますが、


私の想像

『明智光秀が信長のご遺体を坂本城に持ち帰った。』


無理ではないと思っています。まず距離から。

左下のマークが旧本能寺跡で、右上琵琶湖のほとりにある赤マークが坂本城です。その隣にあるのが比叡山になります。旧本能寺から坂本城までの距離は、約19.8kmです。

※Gemini調べ

馬で走れば遅くとも3時間位で走れるようです。 


後々調べてみると、そんな事しなくても11日間時間があったんですけどねてへぺろ

明智光秀の11日間の行動を追ってみました。
※Gemini調べ
  • 6月2日(本能寺の変 当日)
    • 早朝: 本能寺を急襲し、主君・織田信長を自害に追い込む。
    • 午前: 禁裏(朝廷)や京都の町衆に銀を施し、京都の治安維持と人心掌握に努める。
    • 午後: 信長の地盤である近江(滋賀県)へ進軍。しかし、瀬田の唐橋を焼かれ進軍がストップしたため、一旦自身の拠点である坂本城へ引き上げる
  • 6月3日〜4日(近江進撃の準備)
    • 瀬田の唐橋の修理を命じる。
    • 近江の諸勢力へ味方になるよう調略の手紙を送りつつ、安土城攻略の先遣隊を出す。
  • 6月5日(天下の象徴・安土城を占領)
    • 修理された橋を渡り、安土城に入城。信長が蓄えた莫大な金銀財宝を接収する。
    • この財宝を使い、朝廷の公家や有力寺社、味方に引き入れたい諸大名への贈賄・工作を本格化させる。
  • 6月8日(京都への帰還)
    • 朝廷から京都の治安維持(事実上の京都所司代)を正式に委ねられ、一定の権威を得る。
    • 安土城の守備を従兄弟の明智左馬介に任せ、自身は再び坂本城へ戻る
  • 6月9日(最大の誤算:細川・筒井の離反)
    • 京都へ戻り、さらなる味方の抱き込みを図る。
    • しかしこの日、最も頼りにしていた親戚の細川藤孝・忠興父子から協力を拒絶する手紙が届く。さらに大和の筒井順慶も出陣を拒否。光秀の構想が大きく狂い始める。
  • 6月10日(秀吉接近の報・緊急出陣)
    • 羽柴秀吉が「中国大返し」により、驚異的なスピードで摂津(大阪)の手前まで迫っているという報を受ける。
    • 光秀は急遽京都から南下し、現在の京都市伏見区(小栗栖・淀方面)へ出陣する。
  • 6月11日〜12日(山崎での布陣)
    • 恵解山古墳(京都府長岡京市)付近に本陣を置き、秀吉軍を迎え撃つ体制を整える。
    • 味方の合流が進まず、集まった兵力は秀吉軍(約4万)の半分以下(約1万6,000)という不利な状況で決戦を待つ。
  • 6月13日(山崎の戦い・敗北)
    • 午後4時頃: 天王山の麓(山崎)で激突。
    • 夕方: 兵力差に加え、周囲の大名が秀吉側に付いたことで明智軍は総崩れとなり敗北。
    • 夜: 一時的に勝竜寺城(長岡京市)へ退却。しかし籠城は不可能と判断し、深夜、再起を図るため本拠地・坂本城を目指して少数の近臣と共に脱出する。
  • 6月14日(小栗栖の悲劇・光秀の最期)
    • 深夜(午前2時頃): 坂本城へ落ち延びる途中、小栗栖の竹薮(京都市伏見区、現在の「明智藪」)を通過。
    • 地元の落ち武者狩りの百姓(一説には竹薮から突き出された致命的な一撃)に襲撃される。
    • 重傷を負った光秀はもはやこれまでと悟り、家臣の介錯によって自害し、その激動の生涯を閉じた。
  • これが、光秀の正規の時間軸で見た時の行動スケジュールです。

    坂本城には戻ってましたねウインク

    なぜ?

    1️⃣先に信長のご遺体を手に入れた人物が、信長の跡取りとして天下人になってしまうから。
    2️⃣家康はいないので、秀吉が帰ってきて探し回るだろう。そして、自分を倒しにきてその後、織田家を潰してしまうだろう。
    だから、ご遺体が手に入らないようにしてしまえ。
    3️⃣秀吉と家康の仲を決定的に終わらせてしまおう。
    という事だと思います。

    家康を逃したのは、光秀だと思います。
    津田宗及を使って茶屋四郎三郎に情報を流した。
    茶屋四郎三郎は、本能寺の変にいち早く気がついたのも、津田宗及から聞いていたからだと思ってます。光秀も茶屋四郎三郎をあえて包囲網から抜け出させた。なぜならば、秀吉と家康がタッグを組まれると完全に負けて逃げ場がなくなるから。
    だから、あえて家康を排除したと思ってます。
    秀吉は恐らく戦に関しては、天才的な人だったんだと思います。もしかしたら、秀長が天才だったのかも知れませんが。
    だから、家康と組ませずに単体にしてしまった。

    そして、6/5安土城を攻略して、財宝の数々は周りの豪族、朝廷、公家などに配りとありますが、もしかすると信長が略奪していた物を返したのではないかな?そして、比叡山にも財宝を渡したと思っています。復興のためにと。

    光秀を悪く思っているのは、残された歴史書がその様な文章だからであって、真実は『良い人』だったんではないでしょうか?だから、天皇家にも光秀の血脈が残っているのではないのでしょうか?

    坂本城も秀吉に壊されて、大津城の材料にされてしまいました。いつまでも光秀を惜しむ声がなくならないので、シンボルを見えなくてしてしまったんじゃないかと思ってます。
    後に秀吉も同じ様に、家康に大阪城を埋められたように。家康はマネしたんだと思います。

    比叡山の戦いの時に明智光秀が大虐殺を行ったと言われてますが、近年の研究結果では、虐殺もなく、山を燃やした事実もないという事が分かっています。火事跡の焼けたモノが出てこない、大殺戮の人骨も出てこないので、そんな事実はないという研究結果です。

    ただ、比叡山を攻めたのは、明智光秀と言うのは間違いない様です。そのご褒美で、坂本城一帯の地域を明智光秀管轄にしているので。

    坂本城をあの位置に作ったのは、比叡山の裏道がいくつもあり、その道を監視するために作られたそうです。でも、それを知っているのは明智一派のみだったと思ってます。

    山城の戦いは、恐らく最初から負けると踏んで戦略を立てていたと思います。だから、光秀、左馬介、利三の3人とも生存していると思っています。

    左馬介が、坂本城の国宝の宝をこの世に残さないといけないと言って、敵将に預けて、坂本城に火を放ったと言われていますが、財宝を敵に見せる事により、混乱させて、坂本城から比叡山に裏道を使って脱出したと思ってます。そして、坂本城とともに信長のご遺体も燃えてしまった…。

    斎藤利三も猪飼秀貞によって秀吉に渡されて処刑されたとありますが、これも影武者なんじゃないかな?と思ってます。秀吉も偽物と分かっても、世間から笑われてはいけない時期だったので、見過ごさざるおえない。それに猪飼は水軍の棟梁的な人物なので、秀吉の役に立つと分かっていたので、殺される事はないと言う裏付けもあったと思います。
    これは、猪飼を光秀が守るために準備した策略だと思ってます。

    疑われる人を秀吉から守ることは、他でも行ってます。細川藤孝、筒井順慶の2人です。
    元々、光秀は手紙を書きまくる人だったようですが、本能寺の変後、味方になってもらえず、未練たらしい手紙を何通も出していたと云われていますが、本当にそうでしょうか?

    仲のいい友達に負けると分かっている戦に味方になってくれと言うでしょうか?ましてや、娘が嫁いだ家にそんな事するでしょうか?
    私は、細川家、筒井家に疑いがかからないように、未練たらしい手紙を送りつけて、疑いがかからないようにしたんだと思ってます。

    私の結論は…
    光秀、左馬介、利三の3人とも生存した。
    11日間の間に自分と関わる全ての事を清算して、新たな事に進む準備をした。

    と、思っています。
    勝手な想像話ですがウインク