朝鮮戦争の歴史を伝える国連平和記念館 | 舟水の世界ごゆるり街歩き

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               NHK教育番組「たんけんぼくのまち」で強烈な刺激を受け、小学校の頃から地理大好き人間。日々の散策からちょっとした世の中の宝箱を覗いて見ませんか?

釜山の国連記念公園からそう遠くないところに、国連平和記念館があります。1950年から1953年に亘って続いた

朝鮮戦争が終結し、停戦協定によって平和を勝ち取るまでの歴史が展示されている国連の平和記念館です。

 

 
 

(2018年1月3日撮影)

国連軍として参加した戦闘支援国16カ国と医療支援国5か国の国旗が並べられています。

 

 

 

 
 
 

 

 

 

国連平和記念館 の場所です。

 

 

 

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(2018年1月3日撮影)

エントランスには朝鮮戦争の国連軍として参加した支援国21か国の国旗がたなびいています。

 

(2018年1月3日撮影)

正面入り口です。

 

(2018年1月3日撮影)

 

(2018年1月3日撮影)

建物の2階には大韓民国国旗と国連旗、その他1旗が掲揚されています。左手に見えている山は釜山の夜景

スポットとして有名な荒嶺山です。右手の高層マンションは広安大橋方面になります。

 

(2018年1月3日撮影)

国連軍の車両として活躍したジープが展示されています。

 

(2018年1月3日撮影)

 

(2018年1月3日撮影)

迷彩服に水色が加わるだけで、戦闘やオペレーションがクリーンなイメージに見えてきます。実際の戦闘はそんな

生温い物ではないと思います。国連軍と識別できるような水色やUNの文字は、敵に「どうぞ攻撃してください」と

言っているようなものです。

 

(2018年1月3日撮影)

第8代国連事総長に潘 基文 が就任し、長期に亘って在位したことは日本人もよく知る所です。

 

(2018年1月3日撮影)

個人的には、潘 基文事務総長の他に、第7代のアナン事務総長の名前がよく残っています。

 

(2018年1月3日撮影)

1950年6月25日に開戦した朝鮮戦争における世界情勢です。赤が戦闘支援16カ国、緑が医療支援国5か国、

黄色がその他物資支援国となっています。日本は物資支援国として「朝鮮特需」を受けた国のひとつでした。

 

(2018年1月3日撮影)

 

(2018年1月3日撮影)

時間軸で見ると、一斉に戦闘支援を行ったのではなく、月日が経つごとに参加国が加わって行きました。

 

(2018年1月3日撮影)

タイ国軍の活躍が記されています。

 

(2018年1月3日撮影)

 

(2018年1月3日撮影)

国連参戦記念館の中には当時の釜山のジオラマが設けられています。

 

(2018年1月3日撮影)

釜山港の街並です。

 

(2018年1月3日撮影)

非常によく出来たジオラマで、日本からの物資はこの釜山港に付き、朝鮮全土へと輸送されていきました。

まさに商港:釜山です。昔の横浜港もきっとこのような感じだったのだと想像できます。

 

(2018年1月3日撮影)

国連平和記念館の見応えは、観光客として訪れた場合、微妙なものがありますが、国連軍が朝鮮戦争と

どのようにかかわっていったのかを知るにはよい場所かもしれません。

 

 

以上、釜山にある国連平和記念館でした。

 

 

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釜山 世界唯一の国連墓地:国連記念公園(UN記念公園) の記事はこちら

 

 

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