福岡神社トレッキング、どんどんいくよー

 

■荒江櫛田神社・・・福岡県福岡市城南区荒江1丁目13−13

 

 

 

 

 

掲示板によると祭神は天照大神、大若子命、天児屋根命。

江戸時代に早良区野芥櫛田神社から分祀されたそうです。

 

これは詳しいですね! 櫛田神社グループについての説明です。うれしいっ!

櫛田神社は大若子命が主祭神で、数が少なく以下の四社で、起源は伊勢櫛田神社(三重県松坂市櫛田町に四世紀初めごろ建立)。

1)荒江櫛田神社・・・創始元禄、祭神は天照大神、大若子命、天児屋根命

2)野芥櫛田神社・・・創始天平、祭神は天照大神、大若子命、天児屋根命

3)博多櫛田神社(山笠)・・・創始天平、祭神は天照大神、大若子命、(大幡主)、スサノオ

4)神埼櫛田神社(佐賀県神崎郡神崎町)・・・創始天平、祭神は天照大神、大若子命

 

 

 

 

これは左手の幸神社。

 

櫛田神社がやってくる以前からあるものだそうです。

 

何て書いてあるんだーーーっ!!

「天照大神」かな? そうなら、主祭神の一人を社の外へ出してあるってことですか…

 

意味が分からん…

 

ではいつものように百嶋系譜にあてはめてみましょうか。

大若子=大幡主として、残りもあてはめてみました。

しかし大幡主が「大若子」だなんていつの時代だよっ! まだ大幡主組初代組長・大幡主が若手だったころ天照大神の後ろ盾を得て活躍していた頃…というイメージですねぇ。

そこへ天児屋根(=鹿島大神=海幸彦)という新しい世代が入ってるってことは、これは後の崇神勢力拡大によりねじ込まれたものかもしれません。

 

向かって左に建っている幸神社。これは幸神社=第八代孝元天皇とします。(ひぼろぎ逍遥サイトより)

(上記サイトの内容は開化天皇=高良玉垂の父・孝元天皇にまつわるお話なのでご一読をお勧めします。てか、読め!)

 

ここに上記のような意味を持つ幸神社があるということは、開化天皇=高良玉垂の影響力、時代の変遷というものを感じる次第です。

 

といったところがこの神社の祭神の構造図になると思います。

中国大陸南方山岳地帯で漢族の攻撃に耐え兼ね南シナ海へと脱出し、さらに黒潮に乗って九州へとたどり着いた海洋民族(海賊団)白族の棟梁・大幡主。漢族の攻撃を受けない新天地・九州で大幡主は大活躍したことでしょう(他の民族コロニーにしてみればいい迷惑でしかないのですが)。

そんな大幡主が九州の要衝・博多湾岸に橋頭保を築いた、そのことをここ荒江櫛田神社は今に伝えていると感じました。

 

時代が下り大幡主が九州から追い出されることとなっても、時代の記憶として数少ない櫛田神社が残り続けています。